薪ストーブと付き合う

投稿日: カテゴリー: フランス産業

北フランスの田舎で新しい薪ストーブを買った体験談。木材は他のエネルギーと比べて割安で、近年薪ストーブの人気が高まっている。数年前に都会から引っ越してきた筆者も、次第に薪ストーブのある暮らしに慣れてきたが、そこには楽しいことも辛いことも種々さまざまあり…。

我が家に新しい薪ストーブがやってきた。譲り受けた古い石炭・薪兼用ストーブがガタガタになってしまったからだ。よく見かける「ゴダン(GODIN)」や「アンヴィクタ(INVICTA)」といった国内ブランドや、「ラ・ノルディカ(La Nordica)」(イタリア)、「チャーンウッド(Charnwood)」(イギリス)などではなく、まったく知らないチェコ製の薪ストーブを買った。値段は1,500ユーロ(24万円)と個人的には大きな買い物だが、薪ストーブの中では安い方で、暖房なしで冬を過ごす勇気もない。しかも、通常販売されている薪ストーブよりも出力が低いものが欲しくて、探しに探した末、ようやく見つけた品なのだ。30平米ほどの空間を暖めるには3kWで十分なのだが、よくある商品は最低でも7kW、たいていは10-14kWだ。出力の小さい薪ストーブは隣国イギリスにはたくさん売っているのに、暮らし方の違いか、間取りの違いか、ここフランスはより大きいものがお好みらしい。隣人宅には14kWのビルトインタイプの薪ストーブ、知人宅には20kWの背の高さほどの薪ストーブがある。

フランス家庭で使用される主な暖房のエネルギー源の内訳は、ガスが40%、電気が35%、灯油が12%、薪が5%程度とされる。環境コンサルティング会社Effyによれば、2020年の1平米当たりの年間暖房費は電気16ユーロ、灯油15ユーロ、ガス11ユーロ、薪9ユーロで、その後の値動きを考慮に入れても、今でも薪は一番安い暖房エネルギーと言われている。

最近の薪ストーブの特徴としては、燃焼効率の高さ、インテリアとして映える美観や高級感などが挙げられる。なお、火の世話を始終しなくて済むペレットストーブも人気だ。木屑を小さな円柱形に固めた木質ペレットを燃やし、電気がその燃焼を管理して、輻射熱や温風で部屋を暖めるストーブのことで、同じ木材でも薪ストーブとは違う。実際のところ、どちらにしようか迷ったが、最終的に薪とマッチさえあれば働いてくれる薪ストーブにした。田舎では停電が少なくないので、電気に頼らないものの方がよいと思ったからだ。

注文から配達まで、すんなりとはいかない
実はインターネットで「これなら」と目を付けていた品があったのだが、取扱店まで見に行ったところ、イメージしていたより横にも奥にも大きくて、我が家には不釣り合いなため断念した。しかも2年前に見たときの値段は1,200ユーロだったのに、なんと1,800ユーロになっていた。便乗値上げかもしれないが、昨今のインフレは本当にひどい。そうこうしているうちに夏も終盤だ。焦燥感に駆られ、視点を変えて、薪を使う調理台(クッキングストーブ)を探してみた。すると、単なる薪ストーブとしても優秀で、出力も希望に近い、オーブンなしのすっきりしたチェコ製品が見つかったのだ。フランスでもエネルギー価格が高騰しており、コスト面で優れている薪ストーブの人気が高まりを見せている。最近では秋に注文してもお届けは春というケースもある。我々が発見した品は幸いにして国内の取扱業者に在庫があったので、直ちに取り寄せた。業者の電話対応にも誠意があり、すっかり喜んでいた。が…甘かった。

配達当日、巨大なトラックがやって来た。件のストーブは、荷台の奥にぽつんと置かれたあの箱のようだ。わくわくする。運転手が品物を運び出してくる。しかし、地面に降ろそうとしたその瞬間、右側面の包装が激しく破れているのが目に入った。すぐに動きを止めてもらって調べたところ、ストーブの脇腹が見事に陥没し、ペンキが剥がれているではないか。積載時にフォークリフトで突き刺したとしか思えない。運転手は「自分ではない」と私の右に立ち左に立ち早口で言い訳をしていたが、こちらは信じがたい事態を前に、ただただ頭の中が真っ白だ。なんとか気を取り直して証拠写真を撮り、受け取り拒否のサインをし、運転手を待たせたまま取扱業者に電話した。あちらも落胆していたが、「実は初めてではない」という回答で、破損品が店に戻ってき次第、新品を再送してくれることになった。同じ品があとひとつだけ倉庫にあるそうだ。常識的な対応だと思うが、いつもこういう人に当たるとは限らないのでラッキーと言えよう。

今までも大きなガラス扉を注文すれば割れて到着し、宅配では勝手に不在にされて返品され、職人は決めた日時をすっぽかす等々、不幸な出来事には事欠かなかったが、今回もまたひどい経験になってしまった。2週間後、今度は発砲スチロールと木枠でがっちり囲って、屈強な男性2人組が特別なトラックで運んできた。梱包を解くまで緊張したが、傷ひとつなく、合格だ。素直に嬉しい。

薪にもいろいろ
さあ、実際にストーブを使ってみよう。初回燃焼時は新しい資材のにおいが立つので、窓を開けて換気しながら行うよう注意書きにある。最初は確かにペンキやら何やらのにおいがしたが、すぐに消えた。このストーブに入れられる薪の長さは最大35cmとある。販売されている薪のサイズは25cm、33cm、50cm、100cmが標準で、大きいサイズの方が裁断の手間が少ないせいか割安だ。我が家の庭に積んである薪は、古いストーブに合わせてすべて50cmだったため、優れたチェーンソーを持っている隣人に頼んで半分のサイズに切ってもらった。1本1本切っていたのでは埒が明かないので、隣人は薪を一度に10本くらい切れる「世界にひとつしかない」お手製の薪切り台を持っている。どこかのDIY系ユーチューバーも同じようなものを作っていたが、ここは大袈裟に感心すべきところだろう。

通常、薪はステール(1立方メートル)単位で買う。薪ストーブに頼っている家では冬の間は毎月1.5ステールほど必要だ。薪はインターネットやホームセンターでも購入できるが、割高で、特別な機会に焚くだけの都市生活者向けという印象がある。田舎では地元の伐採業者に注文したり、知り合いの持っている森の木や自分の庭の木を切り出すケースが多い。どこかの村では、住民自身が伐採する場合は村の森の木を持って帰って薪として使っていいとTVニュースで見たことがある。他にもそういう市町村があるらしい。住民は薪を無料で手に入れることができ、自治体は人手をかけずに森を整備できる。

我が家の周辺では地元の業者から薪を買う。今冬の分は、季節外れの初夏に買っておいた。木は切り出してすぐに燃やせるわけではなく、乾燥させなければならない。注文が殺到する晩秋に電話しても、業者に乾いた薪のストックが残っておらず、燃やす前に1年寝かさなければならない薪が届いたりする。十分に乾燥していない青臭い薪を燃やせば、むせるような煙が出て、ストーブにも悪い。隣人の助言に従い、今冬の分だけではなく、来冬の分も合わせて10ステール買い込んでおいた。最近のペレットの値上がり幅ほどではないが、薪もコンスタントに値上がりしている。地元の業者も小刻みに値上げを続けており、50cmサイズが1ステール65ユーロにまで上がった。それでも全国平均の85-105ユーロに比べて、かなり安い。

安いのには理由がある。まず、配達日時が指定できない。あちらの都合のよい日、人手のある日に配達される。待つこと数週間のときもある。そしていきなり当日の朝に「今日行きます」と連絡が来る。きちんと梱包されて届くわけではなく、薪を満載したトラックでやって来て、庭の一角に放り投げ、文字通り山積みにしてそのまま去っていく。支払いは現金のみ。トラックを見送った後、自分たちで薪置き場まで運び、積む作業を行う。最初は面食らったが、慣れてくるとこれはこれで合理的でよい。薪は土の上に置くのはご法度で、材木や石で底上げした場所に積む。雨を浴びないよう上は覆いつつ横からは風が通るようにする。要は乾燥させるわけだ。そのうち、燃えやすい薪(乾燥度が高い)、長く燃える薪(密度の高い樫)などが、触っただけでわかるようになる。火がつきやすい木の皮も貴重で、大事に集めるようになる。薪によく付く虫(ホシカメムシやカメムシなど)とも知り合いになる。

薪ストーブとの関係性
薪ストーブには難点もある。一番辛いのは寒い冬の朝に火をつける過程だ。また、火の番をし続けないといけないこと、一向に燃えない薪に当たることもガックリくる。人生も、小さくだが、変わる。大雨の日は庭の薪山が濡れやしないかとソワソワしたり、散歩中、地面に落ちているあの枝は燃やせそうだ、あそこに生えている木なら薪1年分かと、妙なポイントに目がいくようになる。他の家がどのくらいの量の薪をストックしているのか、自然と目で追うようになる。古参の隣人たちから垣根越しに薪の積み方や残量をチェックされ、指南される日々がやって来る。なかなか気が重い。正直、薪について考えなくてもよい季節が待ち遠しくもある。

一方で、薪ストーブは多くの幸せを運んでくれる。とても暖かく、体を包み込むような心地よさだ。耐熱ガラス越しに揺らめく炎を見ていると心が落ち着く。ドラム式洗濯機と同じくらい、ずっと眺めていられる。日本の大きなやかんが欲しいところだがフランスにはないので、水を張った大鍋を上に置いてみた。湯気がもわりもわりと立ち昇っていく様が素敵だ。カレーを煮込んでみたら、じゃがいもが中まで驚くほど熱々、ホクホクになった。灰は灰でよい肥料になると聞き、畑に撒き始めた。今年の作物の出来が楽しみだ。そのような感じで、家族全員、この新しい薪ストーブが大いに気に入っている。今後とも長く、ほのぼのと、だが、願わくば冬限定で淡く、付き合っていきたいものだ。

(初出:MUFG BizBuddy 2024年3月)