戦争のトラウマと罪滅ぼし

投稿日: カテゴリー: アライグマ編集長の日々雑感

ドイツがウクライナに主力戦車レオパルト2を供与するかどうかで迷っている。対ロシア関係を考慮して、ウクライナ支援で先頭に立ちたくないとか、左派与党に根強い平和主義に配慮しているとか、コストや時間がかかるとか、色々理由はあるもようだが、旧ソ連の地でドイツの戦車が活動することが第二次世界大戦の記憶を蘇らせ、それにまつわる罪悪感に由来する心理的抵抗があるからだ、という見解も耳にする。おいおい、本当か、と一瞬首をかしげたくなるが、考えてみれば、日本でも戦時中の被爆の記憶があるために今でも核兵器の保有や開発がタブーとなっているのだから、これは驚くに値しない。現実的に考えれば、一方的な侵略に対して国土防衛に必死なウクライナ軍を支援することは、現状ではむしろ大義にかなう行動だろうし、また核戦争を防止する唯一の現実的手段は互いに核兵器を保有して抑止力を発揮することであるのは明らかだが、よく知られているように、トラウマを受けた人々は現実的・理性的に振る舞う能力を奪われてしまっているので、いくら理を説いても聞き入れてはもらえない。もちろん気持ちはよく分かるのだが、戦争廃絶とか核廃絶などという実現可能性ゼロの情緒的理想論を掲げて、まさに平和維持に不可欠な軍備強化を妨害し、かえって世界のパワーバランスを崩し、被害妄想的な独裁国家やテロ集団が核兵器を遠慮なく開発・保有・使用して優位に立つリスクを高めることに貢献してしまう人々がいつの時代にも後を絶たない。 過去の歴史では、平和主義による軍事介入の遅れがかえって侵略戦争を増長させるという事態が繰り返された。ドイツが過去の罪滅ぼしをしたいなら、今まさに対ロシア戦争でウクライナの強力な後ろ盾となるべきではないだろうか。