フランスではロシアによるウクライナ侵攻が開始されてから、エネルギー価格の高騰などを背景に物価が上昇。新型コロナ禍の影響で消費行動に大きな変化が観測されたが、消費者はここにきて物価上昇による購買力低下への懸念を強め「お得な買い物」に走るなど、再び消費を見直しつつある。
フランスでは、ロシアによるウクライナ侵攻が開始された2022年2月以来、インフレ率の上昇傾向が続いている。フランス国立統計経済研究所(INSEE)が11月15日に発表した最新統計によると、インフレ率は1月に2.9%(前年同月比、以下同)、2月に3.6%、3月に4.5%、4月に4.8%、5月に5.2%、6月に5.8%、7月に6.1%、8月に5.9%、9月に5.6%、10月に6.2%と推移した。7月から9月まで3カ月連続で減速したが、10月には再び加速に転じたことになる。この上昇は、特にエネルギー価格と食品価格の上昇によるものであった。なお、9月までの3カ月連続でのインフレ減速は、政府が導入したエネルギー価格抑制策、自動車燃料価格の割引制度、電力・ガス価格の抑制措置の恩恵を受けたことが大きい。
エネルギー価格は2022年10月、前年同月比19.1%の大幅上昇を記録(9月17.9%、数値はいずれも前年同月比、以下同)。10月に発生した国内の製油所でのストライキを受け、高値での燃料輸入を増やしたことも影響した。一方、食品価格は10月に12.0%(9月9.9%)上昇。生鮮食品での上昇が17.3%(9月11.3%)と大きく、さらに生鮮食品の中でも、生鮮野菜33.9%(9月17.7%)、生鮮果物8%(9月6.6%)が急上昇した。生鮮魚だけは13.6%(16.5%)と前月に比べるとやや上昇が鈍化したが、その他の食品でも、肉類12.4%(11%)、牛乳・チーズ・鶏卵14.8%(12.6%)、パン・穀類11.1%(9.9%)、ノンアルコール飲料9.1%(8.0%)とインフレの加速が観察された。
世論調査では、インフレ亢進が消費行動にどのような影響を与えているのかが確認できる。米コンサルティング会社、アリックスパートナーズが英世論調査会社YouGovに依頼して実施した調査(1,003人を対象に2022年10月11~12日に実施)によると、回答者の90%が「物価上昇」への懸念を表明。49%が過去6カ月来、「食品支出の増加」を確認したという。物価上昇の度合いを「5~10%」とする人は44%、「11~20%」とする人は32%で、「20%」とみなす人も12%となった。向こう6カ月でさらに物価が上がると予測している人は、全体の47%に達した。
こうした状況を反映して、スーパーでの買い物ではプラーベートブランド(PB)商品の購入を優先するとの回答が全体の3分の1に達した。消費者の54%が過去6カ月間で生鮮食料品の購入を控えたと回答し、物価上昇を背景に、アペリティフ用つまみ、食後のデザート、アルコール飲料などの購入を控えていることも確認された。オーガニック食品は数年来、環境や健康への配慮から、価格は割高となるものの需要が伸びていたが、物価高には抗えず、この6カ月間で購入を控えたとの回答が34%となった。これに対して、地元産品へのフランス人消費者の愛着は強く、購入を控えた人は23%で、「物価高に対する耐性」という点ではオーガニック食品を上回った。
過去12カ月間において最も買い物をしたスーパーに関する質問では、ドイツのディスカウント店、リドル(回答者の56%)、フランス食品小売大手ルクレール(52%)及びフランスのカルフール(48%)が挙げられた。なお、これはフランスの食品小売大手の市場シェアを反映しているわけではない。
一方、2022年10月28日付ル・フィガロ紙に掲載された、フランスの調査会社Odoxa-Backboneが実施した別の世論調査(1,005人を対象に10月27〜28日に実施)では、73%が消費財の購入を減額させたと回答。食品については、3分の2近くの人が購入額を減らしたと回答した。
では、消費行動は具体的にどのように変わりつつあるのだろうか。以下に目立った変化を挙げてみる。
ディスカウント店の客足増加
物価上昇を背景に、フランス人消費者は「お得な買い物」に走っている。財布の紐を締める必要のない消費者も、より価格に注意を払うするようになっている。
非食品部門では、フランスのStokomani及び同業のオランダのActionの好業績が伝えられている。Stokomaniは、衣料品、化粧品・衛生用品、家庭用品、玩具、季節商品に限定したクリアランスセールを専門としており、国内で130を超える店舗を展開する。同社は、買い物客は「自分を喜ばせるための買い物」への願望がある一方で、とにかく価格を気にしていると指摘。Actionも平均価格が他よりも2ユーロ安い商品の提供を合言葉に強気の出店計画を進めており、フランスで年内に100店を開店する予定だ。
市場調査やコンサルティングを手掛ける英Kantarの調査によると、スーパー部門では、ドイツのディスカウントチェーン、アルディとリドル及びルクレールが2022年9月に市場シェアを伸ばした。また、カルフールも傘下のディスカウントチェーンの健闘と小売大型店での割引セールの強化で市場シェアを伸ばした。
PBがナショナルブランドより優勢
新型コロナウイルス危機の真っ只中には、不安を抑え、安逸さと安心感を求めてナショナルブランドの商品を購入する買い物客が多かった。しかし購買力の低下とともに、2022年9月には、大型店における全体の販売量が前年同月比で2.4%減少した。中でもナショナルブランドが4.5%の減少を記録したのに対して、スーパーのPB商品の販売減少は1.5%にとどまった。価格上昇はPB商品で12%に達し、ナショナルブランドの7.8%を上回ったにもかかわらず、PB商品の健闘が確認された。PB商品では、特に最安値商品が販売をけん引している。米調査会社IRIによると、PB商品の最安値商品は同一商品の平均価格の半額に相当する。なおIRIは、物価上昇のたびにPB商品が市場シェアを拡大する傾向が観測され、現時点でも、大型店における販売額の3分の1をPB商品が占めるまでになっていると報告している。
大型店にとってPB商品は、市場シェアを侵食するディスカウント店(リドル、アルディ、ドイツのNetto)に対抗し、「ディスカウント店よりも高い」という自社の価格イメージを改善する効果がある。例えばカルフールのPB商品のうち、最安値商品「Simpl」はディスカウント店の当該商品より5%低めの価格に設定されている。IRIによると、大型店では2022年年初から取扱商品数を3%減らす一方、PB商品の商品数を11%増やし、中にはナショナルブランドの隣にPB商品を陳列する大型店もある。
アンチインフレとしての中古品の人気
物価上昇への対抗策として、新品よりも価格が安い中古品の人気が高まっている。フランスの調査会社Xerfiによると、中古品販売ではLeboncoin及びVintedが主要なマーケットプレイスで、2社とも国内のECサイトのトップ5入りを果たしている。特にLeboncoinでは利用者の96%がサイトを利用する理由について、「節約のため」としている。このような状況を背景に中古品の取扱数は増加し、売買完了までの期間もより短くなっている。中古品需要は2022年9月に、DIY用品と家電製品で45%(前年同月比、以下同)、携帯電話とゲームで40%、衣料品で102%の増加が記録された。衣料品では特に、中古子供服の需要が大きい。
一方、子供服のプチバトー、ボントン、ボンポワン(いずれもフランス)、スウェーデンの家具大手イケアなど、自社商品の中古品販売に乗り出すブランドも増えている。
移動手段も格安志向
低価格品の需要増加は、旅客輸送部門にも表れている。ドイツの格安長距離バス、フリックスバスによると、2022年夏の利用客は新型コロナウイルス危機前の2019年同期の水準へ回復し(乗車率85%)、その傾向は学校の夏休みが終わった9月以降も続いている。購買力の低下を反映して格安での移動手段の需要が増えているのに加え、ガソリン価格の高騰による自家用車の利用控えから、これまで格安長距離バスを利用してこなかった利用者の新規獲得がなされた。フリックスバスでは、競合に対する優位性を維持するために、燃料価格の上昇分を乗車券(運賃)に転嫁しないことを決めている。
オーガニック食品の専門店、閉店へ追い込まれる
フランスでは最近、オーガニック食品専門店の閉店が相次いでいる。インフレ亢進を背景に、割高なオーガニック食品から消費者が遠ざかっていることが要因の一つとされる。パリ市内でも、チェーン展開する専門店が店舗の一部を閉店するケースが見受けられる。専門チェーン老舗の協同組合組織レ・ヌーボー・ロバンソンは、2022年10月17日に解散を決定。全資産(8店舗、倉庫)が処分される。レ・ヌーボー・ロバンソンはこれより前の6月末の時点で、8店舗を同業ナチュラリア(カジノ・グループ傘下)に譲渡していた。
米調査会社ニールセンIQによると、オーガニック食品の販売は、スーパーマーケットやハイパーマーケットに限っても5.3%と大幅な減少を記録している。オーガニック食品のシェア(売上ベース)は、2020年の5.1%に対して、2022年には4.9%まで縮小した。専門店の状況は特に厳しく、フランスの調査会社Biotopiaの調べによると、平均16%販売が減少。この分野で大手のビオコープは、2022年1月以来で7~8%の減収となったと証言している。9月の食品価格は全体で9.9%上昇(前年同月比)しており、「同じものを買うとオーガニックは通常品と比べて45%割高」(ニールセンIQ)という価格差が逆風となっている。
割安なタンパク源として高まる鶏卵人気
食品価格の上昇が顕著になる中で、割安なタンパク源として鶏卵の人気が高まっている。調査会社IRIの調べでは、鶏卵の販売は2022年1-8月期に2019年同期比で2.7%増加。前年同期比では2.6%減となったものの、8月に限ると8%の大幅増となっており、物価上昇につれて卵の販売が増えていることがうかがえる。
製品別では、オーガニックが6%の販売減(数量ベース)を記録する一方で、最も安いケージ飼いが17%増と大幅な伸びを示している。鶏卵価格は全体で15~20%値上がりしており、値上がりした分、より安価な製品に需要がシフトしていると考えられる。飼料価格の高騰など、生産コストの上昇が小売価格にも転嫁される形での値上げが目立っており、それに加えて、鳥インフルエンザの流行に伴う供給減も価格を押し上げる要因となっている。フランスでは採卵鶏など450万羽が殺処分されており、欧州諸国の中でも特に大きな影響を被った。2022年通年では、鶏卵生産は8%減少すると予想されている。業界団体によると、生産水準が元に戻るのは2023年2月以降になる見通しであるという。
(初出:MUFG BizBuddy 2022年12月)