フランスで、現在の「国民連合(RN)」の前身だった極右政党「国民戦線(FN)」が初めて選挙で躍進したのは1984
年の欧州議会選挙でのことだった。この選挙でFNは10%超の得票率を記録し、10議席を獲得した。それからちょうど
40年を経て、RNは政権獲得まであと一歩に迫っている。40年前の党首ジャンマリー・ルペンは頭もよく教養もあった
が、いかにも傲岸不遜な差別主義者、歴史修正主義者というプロフィールで、およそ大統領や首相になれそうな人物で
はなかった。しかし2002年の大統領選挙で決選投票に進出し、フランスの政治史に一種の画期を刻んだ。極右に対して
どのような位置取りを選択するかを明確化することが、どの政党・政治家にも求められる状況が生じ、極右に対する最
大の防波堤を標榜することで、政権を獲得したり維持するという戦略が「民主主義的」陣営において定着した。しか
し、その後に娘のマリーヌ・ルペンが進めた「普通の政党」への変身を目指したソフト路線は、こうした戦略をじわじ
わと突き崩し、無効化することに成功したといえるだろう。アフリカ系移民の増加が招く社会的軋轢・不安、経済
格差に由来する庶民層の不満の高まり、フランスの国際的地位の低下に伴う国民のナルシシズムの傷などを他のどの
政党よりも敏感に察知し、「庶民の声」を掬い上げて、選挙ごとに率直かつ声高に代弁してきたのは、やはり優れた政
治的手腕だと認めざるを得ない。もちろん、「普通の政党」としての「建前」の背後にはいまだに差別主義的な「ホン
ネ」が働き続けている。今回の繰り上げ総選挙の結果がどうなるかはまだ不確かだが、RNを中軸とする政府が誕生した
場合には、「ホンネ」に裏切られずに「建前」をどこまで持ちこたえられるかに注目したい。遅かれ早かれ馬脚が現れ
そうだ。思えば、この40年間はフランスが退廃へと転落する時代だったのだなあ、と、フランスがまだ輝いていた1984
年に留学生としてフランスに来た筆者などは感慨深い。