イスラエル紛争が招く分断

投稿日: カテゴリー: アライグマ編集長の日々雑感

イスラエルの紛争は米欧とイスラム世界の対立を先鋭化させているだけでなく、米欧諸国の内部でも対立と分断を招いている。多くの人が個人的なレベルでも、どちらの陣営を支持するかの厳しい選択を迫られている気がして、心理的なストレスが日々高まっているのではないだろうか。イスラエル・パレスチナ問題の根源がかつての英国による三枚舌外交にあることは周知の通りで、いずれの陣営にも大義や言い分があり、どこまで行っても双方が納得できる解決がないことは明白なだけに、過去の歴史や経緯に拘泥せずに、いわゆる「未来志向の」落とし所を見つけることが課題だったはずだが、武力衝突が起きるたびに、過去の遺恨に新たな遺恨が積み重なり、未来に希望が持てない状況が強まるという悪循環を招いている。ガザ地区が今後どうなるかわからないが、今回のハマスによる攻撃以後の展開が決して消えることのない遺恨を生むことは確実で、停戦が成立したとしても、問題の根本的解決は望めない。
紛争の当事者に対して、当事者性に閉じ込められずに事態を客観的に見直せと要求しても無理だろうが、さらに局外者までもがどちらかの陣営に組みすれば、対立と分断が世界に拡大し、事態はさらに悪化する。局外者としては絶対中立的な立場を維持することが最良の選択だと思われるが、実際には各地でイスラエル支持勢力とハマス支持勢力・パレスチナ支持勢力が互いに対立を煽っている。しかし、第三者である個人による心情的支持(あるいは批判)は、自らのもやもやした内的葛藤を外部の紛争に投影することで一時的に楽になろうとする心理的な動きに過ぎないことも多い。そうした不純な衝動を意識的に慎むことが、とりあえず局外の個々人に求められる和平努力だろう。