フランスの質屋-クレディ・ミュニシパル

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスにも質屋がある。物品を担保にお金を借りられる点は日本と同じだが、クレディ・ミュニシパル(市営銀行)が社会福祉事業の一環として独占して行うフランスの「質」サービスは、日本の質屋とかなり違っている。本稿では、フランスならではの質屋事業を紹介したい。

フランスにも質屋がある。物品を担保として預け、その評価額に応じた金額を借りることができる。フランスではこの事業は、全国各地にあるクレディ・ミュニシパル(市営銀行)の独占事業となる。本人確認書類とフランス国内の住居証明書があれば、誰でも利用できる。

クレディ・ミュニシパルの「質」のしくみ
クレディ・ミュニシパルの1つであるパリ市立銀行(Crédit municipal de Paris)の場合、質草として預けることのできる品物は宝飾品、時計、金(金貨や地金)、銀器、絵画、彫刻、美術工芸品、絨毯、家具、サイン入りガラス器(例:バカラ、サンルイなど)、切手、稀少本、楽器、高級皮革製品(例:エルメス、カルティエなど)、ヴィンテージものの服、特級ワイン、自転車に限定されている。電化製品やデジタル機器は受け付けない。象牙を含んだ品物も不可だ。

質草を持参すると、その場で公的競売市場の相場に照らして評価され、貸付額が提示される。大抵評価額の5割から8割くらいの金額になる。納得できれば1年間の貸付契約書が作成され、すぐにお金が手に入る。金利は、借入金が500ユーロまでなら4.25%、501ユーロから6,000ユーロまでが9.90%、それ以上が5.30%となっている。

貸付契約は1年間だが、元利合計の返済ができれば期限を待たずとも質草を返してもらえ、利息は日割りで計算される。1年経っても返済できない場合、金利のみを支払って、契約を1年間延長することができる。今はこの手続きがオンラインでできるようになった。質草はその時点で再評価されるため、評価額が下がっていればその分の元金は返済しなければならない。

金利を支払えない場合や質草が不要になった場合、質置主は質草を競売に付すよう求めることができる。競売での売り上げは、貸付元金と金利の返済に充てられる。落札価格が元利合計を上回った場合、差額は質置主に返済される。落札価格が元利合計額に達しなければ、損失は市立銀行が負担する。

質の特長
クレディ・ミュニシパルの質を利用するメリットの第一は、すぐにお金が手に入ることだ。返済能力を調べるための所得確認や資産審査がなく、本人確認書類とフランス国内の住居証明書があれば、質草の評価額に応じた金額がその場で小切手か銀行振込で融資される。3,000ユーロまでなら現金で受け取ることもできる。

例えば、価値ある品物をオークションに出品しようとすると、競売業者に査定してもらい、それがカタログに載り、そのオークションが開催されるまで何週間もかかる。いざオークションが行われても、その場で買い手が付かなければお金は入ってこない。古物商なら即買い取りしてくれるだろうが、公的競売市場の相場の5割以上の値を付けてもらえるかどうか怪しい。

メリットの第二は金利が低いことだ。パリ市立銀行での借入金額の平均は1,200ユーロだそうで、とすると年利は上述したように9.90%。筆者が普通預金口座を持っているフランスの銀行Aの当座貸越制度だと、貸越限度額は1,200ユーロで年利は18.79%。銀行Bでは、貸越限度額が800ユーロで年利17.13%。質の金利の倍に近い。

クレディ・ミュニシパルは社会福祉機関でもあり、生活苦にある庶民のために、500ユーロまでの貸付金利は特に低く4.25%になっている。

メリットの第三は、返済ができればいつでも質草を返してもらえることと、その際の金利が日割り計算されることである。例えば、質入れして1,000ユーロを借りたとする。当初契約は1年間で金利9.90%なので、1年後に返済すべき金額は元利合計で1,099ユーロになる。しかし、もし2カ月で返済金を用意できたら、返済額は元金1,000ユーロと利息2カ月分(約16.50ユーロ)の合計1,016.50ユーロで済む。

そしてメリットの第四は、元利返済できず質流れにしてしまっても、競売で高く落札されれば元利合計との差額をもらえることである。ここが日本の質屋との大きな違いであろう。質入れするほど懐具合の厳しい人の質草が高く売れたら、クレディ・ミュニシパルは債権、つまり元利合計を回収して残った利益を質置主に渡してくれるのだ。とはいえ、質草が競売に付されるのは全体の1割ほどで、質置主の9割は借金を完済して質草を引き取りに来るという。

パリ市立銀行へ行ってみる
2023年1月のある朝、パリ市立銀行へ質流れ品競売の下見に赴いてみた。パリ市立銀行では年に80回余り競売が行われる。競売に参加する人が実物を確認できるよう、競売の前日に出品物が展示される。これは普通のオークションと同じ。この日はテーブルウェアだ。

パリ市立銀行は1778年からマレ地区の今の場所にある、美しく立派で歴史のある建物である。門で警備員に止められた。下見会場が開くのを待たされている間にも、ひっきりなしに人が訪れてくる。警備員が一人ひとりに何をしに来たか問うている。7割ほどが質入れに来た人。残りは質草または競売で落とした品を引き取りに来た人。引き取りは予約制となる。質入れは予約なしでもよいが、質入れする当人しか建物に入れない。昨今のインフレで利用者が増えたとは聞いていたが、質入れに来る人が実際に多いことに驚いた。

下見会場にはテーブルウェア競売のエキスパートが待機していて、鍵のかかったガラスケースから目当ての品を取り出して見せてくれた。カタログに書かれた落札予想価格は意外なほど低い。本当にこの価格で落札されるのだろうか? エキスパートに「不在入札したいのだけれど、いくらで落札されると思うか」と尋ねてみた。すると直近の公的競売記録で類似品の落札額を調べ、カタログの予想価格の2~3倍の価格帯を教えてくれる。「ここの競売では質置主への債権を回収できればよく、質流れ品を高く売ることが目的ではない」のだそうだ。そういえば、競売手数料も落札額の14.40%。市中の競売業者の手数料25~28%と比べると、こちらも約半分だ。

当日会場に来られないのならインターネットで参加すればよいと勧められたが、競売の時間帯に用事があったので、カタログの予想価格の3倍より心もち低い価格を入札票に書いて置いてきた。一般のオークションだと、不在入札するには本人確認書類の他にデポジットとして白地小切手かクレジットカード情報を求められるが、パリ市立銀行では筆者の本人確認書類のコピーを取り、連絡先を控えただけで、少額入札のせいかデポジットは不要だという。

競売日の夕刻、エキスパートから電話があり、入札した品は他の競売参加者が落札したと知らされた。競売の結果はパリ市立銀行のウェブサイトにて発表される。目当ての品は筆者の入札額より10ユーロ高い価格で落とされていた。

パリ市立銀行の「質」以外の事業
社会福祉機関でもあるパリ市立銀行は、生活が苦しい人に家計管理の支援を無料で行っている。家計予算管理について助言したり、過剰債務申告書類の作成を補助したり、金融機関や債権者との調停を務めたり、個々の必要に応じて支援もさまざまな形を取る。

質を利用する人の多くは収入が不安定だったり家計管理が不得手だったりするが、個別の助言を得たり解決のための手続きを助けてもらうことで経済状況が改善するケースがよく見られるそうだ。パリ市立銀行では、質入れに来る人の約1割にこの家計管理支援サービスを受けるよう勧めているという。

もう1つ、質屋業を営むパリ市立銀行ならではの事業が倉庫業、つまり貴重品保管サービスだ。質草としての預かり品は常に100万点以上、保管スペースは地上だけでも3,600平米。美術品やワインなど温度・湿度の管理が重要な品物を扱い慣れているので、有料で保管サービスを行うのも自然な流れと思われる。保管料は月額108ユーロから。6~18平米の専用倉庫、各種金庫、ワイン・スピリッツ保管庫などの利用料は見積もりによる。

グランヴァン(偉大なワイン)の競売
2023年2月15日には、ワインの競売が行われた。この競売は特別で、下見は予約制、競売にオンラインで参加する人と不在入札したい人は5,000ユーロの保証金を預ける必要があった。

出品されたのは、ロマネコンティ2000年が39本、うち木箱入りの6本セットが5組。ペトリュス1982年アンペリアル(6リットル)1本。シャトー・ムートン・ロートシルト2000年アンペリアル(6リットル)4本。シャトー・ムートン・ロートシルト2000年ジェロボアム(3リットル)1本など。合計21ロットの競売にかかった時間は約45分。落札総額は76万6100ユーロだった。

ロマネコンティ2000年の生産数は6,286本なのに、ここに39本も集まるとは。1本の落札価格は1万5000~1万6000ユーロであった。これに手数料14.40%が加わる。市中では2万5000ユーロで売っているワイン屋もあるので、どうしても欲しい人にはリーズナブルな買い物だったろう。

(初出:MUFG BizBuddy 2023年2月)