2022年7月12日 編集後記

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辞任を表明する前のジョンソン英首相の最後の名言(迷言?)の一つが、「もしプーチン大統領が女だったら、ウクライナでの狂ったマッチョな戦争を起こさなかっただろう」というものだが、戦争行為が本当にジェンダーに左右されるかどうかという問題(ロシア側からは、フォークランド戦争を始めたのは女性のサッチャー首相だったぞ、という反論もあった)の検証とは別に、一見女性を称賛するかのような発言でありながらも、ジェンダーステレオタイプにどっしり寄りかかった発言であることが批判されても仕方がない。現代社会はそもそも性別が本質的な相違をもたらすという考え自体を否定する方向に向かっているようだから、ジョンソン首相の発言はこうした流れに思い切り逆行するものともいえそうだ。
ただし筆者は、生物学的な性差と社会・文化的なレベルで構築されたジェンダーの関係が世間でいわれるほど明確かどうか疑わしいと思う(ジェンダーという概念が登場した当初は、明確でなかっただけに、セックスとジェンダーの違いが強調されたのは当然だが、今やジェンダーが一般常識として定着してしまって、性差の重要性を否定するような新たな固定概念として無批判に流通してしまっているのが気になる)。プルーストは女性の中の男性的なもの、男性の中の女性的なものに魅力を感じると書いていた。これは各人に両性的な要素があることを指摘した言葉だが、同時に性差がもたらす根本的な差異を認める考えでもあるだろう。プーチン大統領が女でなくてもかまわないが、彼の中の女性性がうまく作動してくれたら、侵攻はなかったのかも知れない(虚しい想像だが)。