アフリカでグリーン水素開発の動きが活発化

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

再生可能エネルギーが豊富なアフリカで、グリーン水素の開発に向けた動きが活発化している。さまざまなプロジェクトに共通するのは、グリーン水素を輸出産業に成長させたいという目標だ。欧州は域内で賄いきれないグリーン水素の主要な供給源としてアフリカに注目しており、関連分野における投資の増加が予想される。

化石燃料の代替エネルギーとしてグリーン水素への注目が集まる中、グリーン水素の生産に欠かせない再生可能エネルギーの宝庫と言われるアフリカでも、国内外の市場を展望に据えたグリーン水素開発に向けた動きが活発化している。

最近では、西アフリカの小国・ニジェールがドイツのエマージング・エナジー・コーポレーションとの間で2022年2月21日にグリーン水素開発に関する合意に調印したばかりだ。ニジェールは世界有数のウラン生産国であり、2011年からは国内で石油を生産しているが、エネルギーの多様化に取り組んでおり、国内で採取されるウランを燃料とする原子力発電にも関心を示している。そのニジェールが日照率の高さを利用して西アフリカにおけるグリーン水素生産の中心となることを目指すという。ニーズをとらえるための調査を実施するのが今回の合意の骨子で、太陽エネルギー発電によって水電解装置の作動に必要な電力を確保し、生産したグリーン水素の一部は国内での電力生産に充て、残りは輸出することを想定している。

同じく西アフリカのモーリタニアもグリーン水素の生産に関心を示しているが、こちらはもっと進んでおり、具体的なプロジェクトの計画が2021年に2件発表された。

1件目は再生可能エネルギー事業者の米CWPグローバルが400億ドルを投じて北部の砂漠地帯の8,500平方キロメートルの区域に太陽エネルギーおよび風力の発電設備(合計設置容量30GW)を整備し、グリーン水素生成用の水電解装置に電力を供給する「アマン(AMAN)」プロジェクト。CWPグローバルによると、実現すれば世界最大の再生可能エネルギープロジェクトとなり、モーリタニアは世界の主要な水素輸出国となることが期待されるという。

2件目は英チャリオット・オイル&ガスが進める「ヌール(Nour)」プロジェクト。面積1万4400平方キロメートルの区域に合計設置容量10GWの太陽光エネルギーと風力の発電設備を整備し、グリーン水素生成用の水電解装置に電力を供給する計画であり、チャリオットでは、アフリカで最も安価なグリーン水素の生産を実現し、モーリタニアを主要なグリーン水素輸出国に成長させる可能性があると強調している。プロジェクトの実施に必要なコストは明らかにされなかったが、数十億ドルに上ると見られる。

どちらのプロジェクトもモーリタニアを将来の「グリーン水素の輸出国」と位置づけているのが特徴だ。モーリタニアは太陽エネルギーや風力などの再生可能エネルギーの開発に力を入れる一方で、沖合のセネガルとの国境地帯で大規模な天然ガス開発プロジェクトを進めている。ここで生産される予定の天然ガスは国内の火力発電に用いられるだけでなく、液化天然ガス(LNG)の形で外国に輸出される予定であり、モーリタニアはエネルギー輸出国としての地位を築くべく着実に取り組んでいる。水素を巡っては、すでに、国内で生産予定の天然ガスとCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)を利用したブルー水素の開発プロセスにも着手しており、水素産業の発展に向けたロードマップ作成のための協議も始まっている。

グリーン水素振興の動きがあるのは西アフリカだけではない。アフリカで指折りの経済大国である南アフリカ(以下、南ア)は2022年2月に「水素社会ロードマップ」を発表した。南アでは石油化学大手のサソールがすでに年間250万トン(世界生産の3%)の水素を生産しているが、それは化石燃料由来のグレー水素であり、グレー水素からブルー水素へ、さらにグリーン水素への移行によって国家経済の成長とグリーン化を促進するのが狙いだ。世界市場への水素輸出にも期待しており、2030年をめどに水素調達の大規模なサプライチェーンの構築を目指す日本も有望な輸出先のひとつに位置づけられているという。

南アに特色的なのは、水素製造で重要な触媒となる白金族金属(プラチナ族)を活用したエコシステム形成の取り組みで、ロードマップでは、世界最大のプラチナ生産者であるアングロ・アメリカン・プラチナムなどと提携し、リンポポ州のモガラクウェナからプレトリアとヨハネスブルグを経由してダーバンに伸びる地域で展開する「プラチナム・バレー・イニシアチブ」を通じて南ア版の水素バレーを構築する計画にも言及している。

南アでは水素の国内市場発展に向けた取り組みも進められており、サソールとトヨタ自動車は2021年4月に、水素燃料自動車の国内市場を発展させるべく協力して長距離トラックにグリーン水素を供給する実証プロジェクトを実施すると発表した。長距離トラックが多く利用するダーバン・ヨハネスブルグ間の国道3号線に水素ステーションを設置し、国内初となる水素燃料電池トラックを投入するプロジェクトで、両社は他社にも参加を呼びかけている。

英・南ア合弁のハイブ・ハイドロジェンが計画するのは、グリーン水素を原料にアンモニアを生産する国内初のグリーンアンモニア工場の建設だ。東ケープ州のクーハ経済特別区に46億ドルを投じ、年間78万トンの生産能力を持つグリーンアンモニア工場を建設する計画であり、2026年初頭までの着工を目指す。世界の農業、化学工業、鉱業部門におけるアンモニア需要の急激な増加を視野に、生産したアンモニアは全て輸出するという。ハイブ・ハイドロジェンは英ハイブ・エナジーと南アのビルト・アフリカの合弁企業で、ガス大手のリンデも南ア子会社のAfroxを通じてプロジェクトに参加する。


アフリカにおけるグリーン水素開発で最も進んでいるのは北アフリカのモロッコだろうか。仏再生可能エネルギー事業者トタル・エレン(仏石油大手トタルエネルジーが約30%を保有)がモロッコ南部のゲルミン=ウエド・ヌーン地方で実施するグリーン水素・アンモニア生産プロジェクトは2021年11月にモロッコ当局の承認を得ており、2027年の生産開始に向けて準備が進められている。106億9000万ドルを投資し、17万ヘクタール区域内に合計10GWの太陽エネルギーおよび風力発電設備を整備してグリーン水素とグリーンアンモニアを生産するプロジェクトだ。

モロッコにおけるグリーン水素とグリーンアンモニアの生産プロジェクトには、ポルトガルのフュージョン・フューエル・グリーンとエンジニアリング大手のCCC(Consolidated Contractors Company)が進める「HEVOアンモニア・モロッコ」もある。これはグリーン水素、窒素、グリーンアンモニアを生産するプロジェクトで、投資額は8億6500万ユーロ。最終的に年間3万1850トンのグリーン水素、年間15万1800トンの窒素、年間18万3650トンのグリーンアンモニアを生産することを目指す。海水淡水化、集光型太陽熱発電、水素・アンモニア生産といったさまざまな技術を持ち合わせるプラントとなるという。モロッコでグリーン水素と合わせてグリーンアンモニアが生産される背景には、世界最大のリン酸塩輸出国として肥料生産に力を入れるモロッコが、原料となるアンモニアの国内生産量が少ないために輸入を余儀なくされているという現状がある。

モロッコ政府が2021年8月に発表したグリーン水素国家戦略によると、モロッコには世界のグリーン水素需要の4%をカバーできるポテンシャルがあり、国内需要を満たすと同時に輸出を通して国内産業を振興することを目指している。モロッコはアフリカにおけるエネルギー移行のパイオニアとして、2030年をめどにエネルギー・ミックスに再生可能エネルギーが占める割合を52%以上に引き上げることを目標としており、グリーン水素開発もこうした再生可能エネルギー開発戦略の一環として位置づけられる。輸出に関しては、特に今後需要の増加が見込まれる欧州への輸出に適した環境の創設を目指すという。

モロッコ持続可能エネルギー庁(MASEN)は、100MW程度のグリーン水素生産施設を整備し、これに電力を供給するために太陽光と風力のハイブリッド発電所を建設する大規模な計画に関して、独復興金融公庫(KfW)の資金協力を得ることになっている。モロッコとドイツは2020年6月にグリーン水素の利用促進を目指す協力合意に調印しており、ドイツはモロッコにおけるグリーン水素の生産・利用のための条件と枠組みを改善するための支援も提供している。ドイツは伝統的に、再生可能エネルギーとエネルギー効率の促進、持続可能な経済の発展、水資源管理といった分野でモロッコを支援してきており、グリーン水素開発を巡る支援もその延長線上にあると言える。と、同時に、欧州連合(EU)が水素社会の実現に向けた取り組みを実証実験から社会実装にステップアップするために2020年7月に発表した「欧州の気候中立に向けた水素戦略(欧州水素戦略)」は、国際連携の取り組みとしてアフリカ連合(AU)との連携強化を掲げており、欧州がグリーン水素の供給源としてアフリカ諸国に注目していることが分かる。ドイツはモロッコ以外にも、ナミビアやコンゴ民主共和国でのグリーン水素開発プロジェクトに関わっている。

欧州水素戦略は2025年から2030年までにグリーン水素生産能力を40ギガワット分整備し、1,000万トンのグリーン水素を生産することを目標に掲げている。これを域内だけで実現するのは困難であり、グリーン水素の生産に必要な再生可能エネルギーが豊富なアフリカに欧州が強く関心を寄せるのは当然の流れとも言える。グリーン水素の生産コストは化石燃料由来のグレー水素に比べて高く、利用拡大を進める上でコストの引き下げが欠かせないため、安価な再生可能エネルギーを利用して水電解コストを下げる可能性があるのもアフリカでグリーン水素を生産する利点となる。

アフリカ諸国にとっては、欧州向けグリーン水素の主要な供給源と位置づけられることで、欧州からの支援や技術移転を受けて自国のグリーン水素生産を発展させる可能性が開ける。EUは域外におけるインフラ投資計画「グローバル・ゲートウェイ」の枠内で2030年までにアフリカに1,500億ユーロ超をアフリカに投資する方針を明らかにしており、今後、グリーン水素分野での投資も加速することが予想される。

(初出:MUFG BizBuddy 2022年3月)