ポスト・ゴーン時代のフランス自動車産業

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスの自動車産業は、PSAとルノーという二大メーカーを両輪として発展してきたが、この数年間で大きく様変わりした。PSAはステランティスという世界有数の企業に変身し、ルノーはゴーン時代の影響を一掃して、再生の途上にある。両社の新戦略はいずれもゴーン時代のルノーの戦略を部分的に継承しつつ、その誤りを修正したものと位置づけることができる。

フランスの自動車産業は、プジョー一族が所有するPSAと、国を主要株主とするルノーという二大メーカーを両輪として発展してきたが、この数年間で大きく様変わりした。PSAもルノーもそれぞれの事情で深刻な危機を経験した後、新たな飛躍への道を歩みつつある。大きな転換期を経験しつつあるフランスの自動車業界を展望してみよう。

いったんは経営破綻の瀬戸際にまで業績が悪化したPSAは国からの支援を受けて立ち直り、ルノーの幹部だったタバレス氏を新たなCEOに迎えて、その指揮下で独オペルを買収した後、イタリアのフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)との合併を実現した。PSAとFCAの統合によって2021年初めに発足したステランティスは、仏伊はもちろん、オペルや米クライスラーも傘下に収めて、米欧にまたがる世界有数の大手自動車メーカーとなり、PSAのCEOだったタバレス氏がCEOとして経営手腕を振るっている。

ルノーは日産自動車とのアライアンスを通じて、販売台数で世界トップクラスのグループに躍進したと思われたが、ゴーン事件で手ひどい打撃を被った。販売量にこだわるゴーン氏の下で、ルノーは特に低価格車を薄利多売する戦略を推し進め、たしかに世界大手へと駆け上がったかに見えた。だが、利益の大半は子会社である日産がもたらしており、株式時価総額でも子会社の日産の方が親会社のルノーを上回るという資本のねじれが起きていたことは、しばしばメディアにより指摘されていた。ゴーン氏の巨額報酬をたしなめる国との軋轢も年々先鋭化する中で、当時、経済・産業相としてゴーン氏と緊張した関係にあったマクロン氏が2017年に大統領に就任したことで、ゴーン体制はすでに国の支援を失って揺らぎ始めていたとも考えられる。

2018年にゴーン氏が日本で逮捕されるという驚天動地の事件は、日産はもちろんのこと、ルノーの経営体制に大混乱を引き起こした。2019年には、金融危機時の2009年以来で10年ぶりの赤字転落を経験し、1億4100万ユーロの純損失を記録。さらに新型コロナウイルス危機に見舞われた2020年には、過去最大の80億ユーロ超の純損失を出した。このうち傘下の日産の業績不振が49億ユーロの影響を及ぼした。

国はタイヤ大手ミシュランの経営者だったスナール氏をルノーの新会長に起用し、危機収拾に取り組ませたが、ルノーが本格的な経営再編へとハンドルを切り直したのは、2020年にデメオ氏をCEOとして迎えてからだった。デメオ氏は独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)のスペイン子会社セアトを成長させた経営者として、その手腕を高く評価され、スナール会長により抜本的再編の指揮官としてスカウトされた。デメオ氏がルノーの新たなCEOに指名されたのは2019年12月だが、これに先立って、同年10月の取締役会で、ゴーン氏の後任として年初にCEOに昇格していたボロレ氏が急遽解任された。ボロレ氏はゴーン氏のナンバー2としてCOOを務めてきた幹部で、スナール会長は同氏を追放することでゴーン時代の残滓を一掃したと見られている。

ゴーン氏の経営者としてのビジョンや実績に対する最終的な評価は今後の歴史が決めることだが、控え目に言って、自らの名声や金銭へのこだわりが強い人物だったことは明らかである。また、会社の将来や利益よりも自分の個人的な利益を優先する傾向があり、自らの指示に忠実なイエスマンを重用して有能な後継者を育成しなかった印象が強い。ゴーン時代との決別は、ルノーにとって不可避の選択だったのだろう。

ルノーだけでなく、PSAの再編とステランティスの誕生もある意味では「ポスト・ゴーン」の産物といえる。PSAは2008年の金融・経済危機後に経営が不安定化し、ヴァランCEOの下で再編を試みたものの、2010年代前半に倒産寸前の状態に陥った。その後、2014年に国と中国の東風汽車集団が増資を引き受けて救済策を講じるとともに、ルノー出身のタバレス氏がCEOに就任した。タバレス氏はリスボン生まれのポルトガル人で、17歳の時にフランスに移住し、グランゼコールでエンジニアの資格を取得した後、1981年に23歳でルノーに入社した。

タバレス氏は同社での30年のキャリアを経て、2011年にゴーン氏に次ぐナンバー2の地位に到達。だが、2013年8月のインタビューで「ナンバー1になる意欲」を表明したことが、当時は2014年に任期の期限を控えていたゴーン氏の逆鱗に触れ、ルノーでの将来の展望がなくなったために退社を余儀なくされた。自分に対抗できるほどの能力の持ち主を受け入れる器量がないゴーン氏の人柄がよくわかるエピソードだが、タバレス氏はそれから1年もしないうちに(2014年4月)に競合のPSAのトップに就任し、思う存分に腕をふるうチャンスを得た。

PSAは2018年に記録的好業績を達成し、タバレス氏は仏経済紙レゼコーが主催する「戦略者賞」を受賞した。その際に、自らの経営手法について語り、特に大手企業の経営者の心構えについて、通常は一定の年齢に達し、経験や知識に関する自信もあるため他人の意見に耳を傾けることは簡単ではないが、世界と技術が複雑化している現在の状況では「ワンマンショーの時代は終わった」ことを認識し、多様な能力を備えた人材で構成されるチームを構成して、その意見を謙虚に聞くことが肝心だと強調した。まさしく「アンチ・ゴーン」をあるべき経営者像に掲げた印象がある。

タバレス氏の経営方針の柱の一つは、「プライシング・パワー」戦略だ。値引きや特別セールなどが必要ない適正価格を設定し、ブランドイメージを損なうようなセールなどを極力行わないようにするという方針を貫いており、この成果が高めの平均価格となって現れている。仏日刊紙ル・フィガロが2017年8月に報じた調査結果によると、自動車1台当たりの利益率はPSAが8.7%となり、ルノーの6.7%を上回った。PSAは1台につき1,405ユーロの利益を達成している計算になり、これはルノーの1,043ユーロに比べて4割も多い。また1台当たりの平均価格も、PSAが1万6137ユーロ、ルノーが1万5580ユーロで、PSAの方が高い。対するルノーは、利益率こそ低いものの、純益額で見るとPSAを上回っていたが(2016年にルノーが35億ユーロ、PSAが21億5000万ユーロ)、これには傘下のダチア(ルーマニアの低価格車ブランド)における薄利多売の戦略が貢献していた。

この「プライシング・パワー」戦略こそ、低価格車優先や値引きなどによりともかく販売量で世界首位に躍進することを目指したゴーン氏の戦略(こうした戦略の一環で、ルノーは中国での販売数を水増ししていたことも判明している)に真っ向から対立するものであり、現在のルノーがデメオ氏の指揮下で採用している戦略でもある。

2020年9月にデメオCEOが2025年までの事業再編の方針を従業員代表に伝えた社内文書の内容がロイター通信により報じられたが、この中でデメオCEOは競合のPSAが実現した再編を手本として提示した。7月に就任したばかりだったデメオCEOはルノーの現状について、「持続可能な形で利益を生むことに慣れていない企業だ」と厳しい診断を下し、PSAが倒産の瀬戸際から5年間で高利益企業に変身したことを手本とすることを明言し、ルノーも向こう5年間で経営再建を実現すると宣言した。特にCセグメントで高級化と価格の引き上げを目指すことを予告した。

デメオCEOは、このように競合のタバレス氏の手法を見習う意向を公言することを躊躇しない一方で、ゴーン時代の経営方針を批判する発言も遠慮なく行っている。デメオCEOは2021年1月に新たな経営戦略プラン「Renaulution(ルノーリューション)」を発表したが、その要点の一つは販売台数よりも利益を優先することだった。ルノーはゴーン時代に販売台数の増加を目指し、2022年に世界100カ国で500万台を販売することを目標に掲げていたものの、2019年に360万台を記録した後、2020年には290万台に落ち込んだ。これは新型コロナウイルス危機の影響によるところも大きいが、デメオCEOは、販売台数優先の戦略はコロナ危機の前から「明らかな失敗だった」と言明し、「量から価値への移行」を新方針として打ち出した。製品の高級化を通じて、ルノー車の平均価格を現在の1万6000ユーロから2023年までに2万1000ユーロへと引き上げることなどを目標に掲げた。

またデメオCEOは2021年6月のインタビューで、ルノー・グループには成功に必要なすべての能力がすでに備わっており、「足りないのは正しい方向性」だと診断したが、これも間違った方向を目指したゴーン体制を批判した発言と理解できる。

同じインタビューでデメオCEOは、自分がワンマン経営者ではないことも強調。チームワークと迅速性を重視し、社内のあらゆる部署から優秀な幹部社員40人ほどを集めて「The Source」というシンクタンクを設置し、これに経営再建に向けた再編計画を策定させたことを明らかにした。この方法により、再編計画は2020年末には早くも完成した。

もちろん、ゴーン氏(67歳)からタバレス氏(63歳)やデメオ氏(54歳)への世代交代が招いたのは、単なる方向転換ではない。ディーゼル不正疑惑や欧州連合(EU)の排ガス規制強化などが電動化への動きを急激に加速し、また、コネクテッドカーや自動運転技術などの開発に向けた投資負担も急増している。自動車産業はこうした一連の課題に対処するために、思い切ったコスト削減、すなわち部品やプラットフォームの共通化、エンジニアリングでの協力などを通じた製造コストや購買コストの削減、提携や合併によるスケールメリットなどを必要としている。こうした取り組みは、ゴーン氏がまさに日産とのアライアンスを通じて進めようとした挑戦にほかならない。ゴーン氏が、思い切ったコスト削減とリストラの手腕により、日本で経営の天才のように崇められたのはそう遠い昔のことではない。

タバレス氏がステランティスを通じて目指しているのは、少なくとも部分的には、ゴーン氏が目指して、道半ばで挫折したアライアンスの新バージョンとでもいうべきものかもしれない。ただしタバレス氏は、赤字経営が続いていたオペルを買収した際に、同社の生産性に関する綿密な検討の結果に立脚して、短期間でその経営を再建することに成功した上で、より規模の大きいFCAとの統合に挑むという緻密で周到な面がある。強引なワンマンぶりが目立ったゴーン氏と異なり、アマチュアレーサーとしてモータースポーツに参戦するタバレス氏は、レーサーらしい大胆さと緻密な冷静さを兼ね備え、チームワークにも長けている。さらにタバレス氏は、ペーパーレスを実践して、タブレット端末1台で大抵の業務をこなし、勤務時間が終われば、家族に時間を費やす。そうしたところに、年齢差以上の世代的な差異が感じられる理由があるのかもしれない。そして、経営者の態度の違いは社風や社員の姿勢にも反映されるだろう。

冷徹なイメージが強いタバレス氏とは対照的に、デメオCEOはイタリア人らしい陽気さを備えており、率直で明瞭な物言いは、数多くのインタビューにおいてジャーナリストから好意的に評価されている。英語はもちろんフランス語も流暢な同氏のコミュニケーション能力は、その気さくさと相まって、ルノーのイメージ改善に大きく貢献している。ルノーはフランス北部の3工場を統合して、電気自動車生産の一大拠点に転換するという大規模プロジェクトに向けてすべての労組の合意を獲得することに成功したが、おそらくCEOの説得力が一役買っているのだろう。部品数が少なく、組み立てが相対的に容易な電気自動車へのシフトは、ルノー内部だけでなく下請け企業でも強い社会的緊張を伴うだけに、労使問題の扱いがデメオCEOにとり今後の重大な課題の一つとなる。経営のスタイルは違うが、タバレス氏のやり方がやはり手本になるだろう。

ポルトガル人とイタリア人がフランスの業界をリードするという現在の状況は、自動車部門の国際性を如実に物語っている。そして、タバレス氏にとってもデメオ氏にとっても、ゴーン氏がついに成功しなかった中国市場への進出が重要な挑戦となる。VWなどが売上の大きな部分を中国販売で達成しているのと対照的に、フランスの二大メーカーの中国市場での知名度は低く、シェアは微々たるものにとどまっている。しかし、世界最大の自動車市場である中国で一定のシェアを確保できないままでは、とりわけ電気自動車の分野において安定的な地位を確保することが難しい。それだけに、中国での競争が両社の新戦略の真価を問う試金石となりそうだ。

※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。

(初出:MUFG BizBuddy 2021年8月)