フランス人は健康志向?-オーガニック食品の拡大

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

フランスは現在、米国、ドイツに続くオーガニック食品大国である。パリの街角のスーパーで、ごく当然のこととしてオーガニック食品を見掛けるようになって久しい。フランスにおけるオーガニック食品の定義とは何か、その市場規模はどれほどのものか、さらにオーガニック食品需要が拡大した背景とは何か、を考察してみたい。

パリの街角のスーパーで、ごく当然のこととしてオーガニック食品を見掛けるようになって久しい。過去数年で、郊外のハイパーマーケットを展開してきた食品小売り大手チェーンのカルフールやオーシャンが、コンビニエンスストアに近い小型店舗の都市内への展開を加速させているが、こういったミニスーパーでもオーガニック食品が簡単に手に入る。

また、ハイパーマーケット大手がオーガニックに特化した専門店を開くケースも散見され、食品メーカー側もオーガニック食品事業の強化を進めている。フランスの食品大手ダノンは、2017年に大豆、アーモンド、ココナツなどの植物性タンパク質を材料とする牛乳代替のオーガニック製品を製造・販売する米国のホワイトウェーブ・フーズの買収、またフランスのYooji(オーガニック冷凍ベビーフードのスタートアップ)と米国のファーマーズ・フリッジ(オーガニックサラダ)への出資を行った。

オーガニックと一口に言っても、何をもってオーガニックというのか。フランスでオーガニック食品に付与される、最もポピュラーだと思われるロゴは「AB」の白文字を緑の四角で囲ったものだ。これはもともと、フランス農業省が設置したオーガニック食品向けのラベルで「有機農業(Agriculture Biologique)」の頭文字を取っている。現在は欧州連合(EU)が定める要件を満たすオーガニック食品に付与される。青果であれば殺虫剤や化学肥料を一切使っていないこと、遺伝子組み換え食品ではないことなどが条件となる。加工品はオーガニックではない材料を混ぜることができるが、材料の95%以上はオーガニックなものでなければならず、遺伝子組み換え食品を混ぜる場合には0.9%が上限とされている。

「AB」には、葉っぱをデザインしたEU認定のオーガニック食品ロゴ「ユーロリーフ」が並べて印刷される。「AB」は1985年に作られ、2010年に導入されたユーロリーフよりも古い歴史を持つ。フランスでは、オーガニック食品に対してEUの現基準より厳格な基準が求められていたが「ユーロリーフ」導入を機に「AB」付与の要件を緩和したという経緯がある。現在、国内ではオーガニック食品への「ユーロリーフ」の表示は義務とされているが「AB」は任意である。ただしフランス人には「AB」の方が認知度が高いために、製造者は「AB」を「ユーロリーフ」と共に明示することを選ぶことがほとんどである。

さらに突っ込んだ要件を求めるのが、民間の団体が付与する非公式のロゴである「Bio Cohérence(ビオ・コエランス)」である。このロゴは、EUの基準に合わせて緩和されたフランスの「AB」の要件を維持することを目的に2010年に導入された。従って、必然的に現「AB」および「ユーロリーフ」より厳格な要件を満たしたオーガニック食品に付与されることになる。例えば加工食品に関してはオーガニックでないものを全面的に禁止し、遺伝子組み換え原材料混入の上限を0.1%に設定している。

同じくよく見掛ける非公式ロゴ「DEMETER(デメター、フランス語読みはデメテール)」は、若干特別である。「デメター」の食品は、オーストリアの思想家、ルドルフ・シュタイナーが推奨した、太陰暦にのっとる独自の農業暦を使った少しスピリチュアルな「バイオダイナミック」農法に依拠していることを要件とする。遺伝子組み換えは禁止、加工食品も材料の90%はバイオダイナミック農法にのっとったデメター認証を受けたものでなければならず、残りの10%もオーガニックである必要がある。

他にもよく見掛ける「Nature & progrès(ナチュール&プログレ)」や「BIOPARTENAIRE(ビオパルトネール)」など、それぞれの基準でオーガニック食品を定義してロゴを付与するが「化学肥料の不使用/制限」と「遺伝子組み換え食品ではないこと、あるいは遺伝子組み換え食品の不使用/制限」が基本となる。食肉や乳製品に関しては、家畜が健康的な条件で飼育されていること(放牧など)、オーガニックの飼料を与えていること、できるだけ薬などを使った医療行為を行わないこと、などが求められる。

ただし最近、フランスの非政府組織(NGO)の動物愛護団体は、食肉がオーガニックであるための基準がもっぱら飼育に関するもので、食肉処理の条件に関する基準がないことを問題視している。これらのNGOによると、オーガニックロゴを付与された食肉が残虐な方法で処理されているケースもあり、これらの団体が隠しカメラで撮影した食肉処理のビデオを公表して物議を醸したりもした。

確かに見掛けることが多くなったオーガニック食品だが、実際の市場規模はいかなるものか。フランス日刊紙ル・フィガロ紙(ウェブサイト版:2017年5月28日付)によると、フランスにおけるオーガニック製品の小売市場規模は2016年に67億ユーロとなり、前年比で21%の大幅増を記録した。うち、専門チェーンの売上高は25億ユーロに上り、シェアは35%と2014年から2ポイント上昇した。量販店のシェアが43%と依然として大きいものの、専門チェーンは市場全体の成長率を上回る成長を記録し、量販店との差を縮めている。

なお、外食業を合算すると、オーガニック製品の市場規模(2016年)は年間71億ユーロに達した(フランス日刊紙ル・フィガロ紙(ウェブサイト版:2017年5月28日付))。さらに2017年の市場規模は約80億ユーロ規模とみられ、前年比で13%拡大した。同年の米国の市場規模は110億ユーロ、ドイツは90億ユーロに上るが、フランスはこれに続く世界第3位の市場規模を誇っている(フランス日刊紙ル・フィガロ紙(ウェブサイト版:2017年12月13日付))。

2016年、専門チェーンの店舗数は合計で4,017店となり、前年比11%増を記録した。専門チェーンの最大手はBiocoop(ビオコープ)で、年商では2016年に9億5000万ユーロ、2017年には11億ユーロを記録した。店舗数を見ても拡大傾向は明らかで、2017年には約60店をオープンし、店舗総数は全国で500店にまで増えた(フランス日刊紙ル・フィガロ紙(ウェブサイト版:2017年5月28日付)、フランス日刊紙レゼコー紙(ウェブサイト版:2018年2月8日付))。

オーガニック食品の生産者も増えており、2016年の農業経営体の数は3万2300と前年比で12%増を記録。2017年6月末時点では3万5231となり、半年間で約9.1%増えた。また、オーガニック食品の耕地面積は2016年に前年比で16%増え、154万ヘクタールに上った。2017年6月には177万ヘクタールまでさらに増えた。ただし、この面積が全耕作面積に占める割合は2017年でも6.5%とまだ小さい(フランス日刊紙ル・フィガロ紙(ウェブサイト版:2017年4月28日付)、有機農業振興団体Agence Bioプレスリリース:2017年9月)。

オーガニック食品の需要が高まるとともに、オーガニック農業向けの補助金の必要額も増加の一途をたどっており、政府の財源確保が難しくなっていることが問題視されている。EUの共通農業政策(CAP)改革とも絡んで、2015年の制度改正を経て補助金の支給が遅れるような状況も表面化している。

オーガニック農業の場合、従来型農業からオーガニック農業への転換期の支援と、オーガニック農業の経営体向けの恒常的な援助の2種があり、前者は3年間にわたる転換期(その間、オーガニック食品の認定は得られず、価格の低い従来型の食品の扱いとなるが、その一方で転換に伴う収穫量の減少により経営体の収入が目減りする)における支援を目的としたもので、この支給が遅れると経営体は極めて厳しい状況に陥る。農業団体の側からは、恒常的な援助をばらまくよりも、転換期の経営体の支援に重点を置いて、安定的に支給がなされるような枠組みを整えるべきだとする声も上がっている。

だいぶ前に物書きの友人から「フード左翼」なる造語を教えてもらった。速水健朗氏がその著書「フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人」(朝日新聞出版)の中で、オーガニックを選択する人が、左翼的・反グローバル的な思想を持っていることが多いという論理から造った言葉だそうだが、言い得て妙と感心した。確かにフランスでも、左翼的・反グローバル的な思想を持っている人はオーガニック食品を選択する傾向が強いように個人的には思う。

今から30年ほど前、まだそれほど広まっていないオーガニック食品を都市部で消費し始めたのは「BOBO(ボボ)」と呼ばれる人たちだった。「ボボ」という言葉は、今でこそやや死語になりつつあるが「Bourgeois(ブルジョア)」と「Bohème(ボヘミアン、フランス語での発音はボエーム)」を掛け合わせた造語で、経済的な余裕はあるが、文化・芸術的志向を持ち、お金を使わないシンプルなライフスタイルを好む「選挙では左派に投票」する社会層を指す。

しかし今日、オーガニック食品を選択するフランス人が、左翼的・反グローバル的な思想を持っているか、というとそうではない気がする。フランスでのオーガニック食品需要の拡大は、やはり一般的に言われるように、牛海綿状脳症(BSE)、鳥インフルエンザ、ダイオキシン汚染鶏肉・鶏卵、キュウリなどの腸管出血性大腸菌感染、メラニン汚染粉ミルクなどの欧州・世界規模の食品スキャンダルを前にした、国民の食品への不信感に端を発していると思われる。また農業大国として、農業の在り方に対して昔から意識の高い国民が多いこと、「美食の国」と称されるように「食」への一般的な関心が高いこともその理由かもしれない。

2017年年初にAgence Bioが発表した年次統計によると、オーガニック食品を「定期的に消費する(月に1回以上)」と答えた人は全体の7割に上った。「毎日消費する」は15%となり、前年の10%を上回った。製品の種類別では野菜が最も多く、これに乳製品、卵、乾物、食肉が続いた。

筆者の息子が通った幼稚園も、現在通っている小学校も、給食の食材はほぼ全てがオーガニックであることをうたっている。幼稚園と小学校が所在している市の市政を長年にわたって握っているのが共産党で思い切り左派の地域、ここ15年で著しく「BOBO」人口が増加しているということも一因か。ちなみにその幼稚園の給食は「肉は出さない菜食主義」でもあったが、これは、健康重視なわけでも動物愛護思想があるわけでもなく、どうも子どもたちの宗教の多様性に由来するらしい。共産党の政策により社会福祉が充実した自治体、移民が多いことでも有名だ。何でもマリ人の人口が、マリの首都バマコに次いで世界で2番目だそうだ。これもまた、移民の多いフランスらしい逸話である。

(初出:MUFG BizBuddy 2018年3月)