フランスでも環境配慮の観点から木造建築が見直されるようになった。新規の大型プロジェクトの発表も数多くなされている。木造高層ビルの建設プロジェクトも動き出した。具体的な事例を紹介しつつ、業界の課題を探る。
パリ北郊ナンテール市で、17ヘクタールの用地に木造建築群を整備するという計画がこのほど発表された。ナンテールは、高層ビルが立ち並ぶパリ副都心ラデファンス地区に隣接しており、ラデファンス地区と一体でビジネス地区を開発する計画が進められている。その一環で、今回のユニークなプロジェクトも実現の運びとなった。
開発主体は木造プロジェクトを専門とする不動産開発のベンチャー企業、Woodeum。同社を率いる共同出資者のギヨーム・ポワトリナル氏は不動産大手ユニバイユ・ロダムコの元会長兼最高経営責任者(CEO)、もう一方の共同出資者であるフィリップ・ジブコビッチ氏はBNPパリバ・リアルエステートの元経営者で、大物が率いる企業として注目を集めている。このプロジェクトでは、ジブコビッチ氏の古巣であるBNPパリバ・リアルエステートの資金協力を得て、Woodeumが17ヘクタールに上る旧工場跡地を買収、計画を立案した。ちなみにこの用地はSmurfit Kappa Groupの製紙工場の跡地で、6年前に閉鎖された。高速道路A14とA86、郊外鉄道に2辺を囲まれ、東側には拘置所があるという微妙な立地ではあるが、北側はセーヌ川と中州の自然公園が広がり、森の中の木造建築群という環境配慮型のイメージとの親和性はある。
木造建築群「Arboretum」は17ヘクタールのうち9ヘクタールが整備される。全体で12万5000平方メートルのオフィスが、5階建てから8階建てまでの七つの建物に分散される形で整備される。周辺には緑地や池などが設けられ、スポーツ施設やレストランなども入居する。設計を手掛けたのはフランソワ・ルクレール氏で、オフィスはレイアウトに融通が利く構成となっており、自然光を多く取り入れ、森の中で仕事をしているような快適な空間をアピールしている。
構内には果樹園・野菜畑が設営され、産品を構内のレストランで用いるといった循環経済、地産地消などのキーワードを取り入れたコンセプトも目を引く。もちろん、木造建築そのものが環境配慮における最大のセールスポイントとなる。ジブコビッチ氏によれば、木材の断熱効果により、冷暖房のエネルギー需要は通常のオフィスと比べて25~30%少なくなる。冷暖房需要はヒートポンプにより75%を確保。また、太陽光発電の整備などにより、構内のエネルギー消費の18%を再生可能エネルギーで賄う計画であるという。
Woodeumはまた、木材の二酸化炭素貯蔵効果を上げて、材料として、従来の建材よりはるかに環境面で優れていることを強調する。これにより、建設段階のみならず、解体撤去までを含めたライフサイクル全体において明らかな優位性があるという。泣き所は、建設に必須のCLTパネル(厚型の木材パネル)の国内生産がほとんどなく、輸入に依存するという点で、ArboretumのプロジェクトではCLTパネルをオーストリアから輸入する。ポワトリナル氏はこの点について、河川を利用して建設現場のナンテールまで建材を運ぶなどの工夫をして、輸送に係るカーボンフットプリントを最小化することを検討していると説明。いずれにしても、コンクリートを用いた建物や木材を構造体のみに用いる建物などに比べて、はるかに環境効率は良好であると強調している。
実はこのプロジェクトは、フランスの石油大手トタルの新本社として採用されることを念頭に準備された。トタルは現在、隣のラデファンス地区内の高層ビル「ミシュレ」などで20万平方メートルに上るオフィスを占有、これを本社としているが、移転を経て占有面積を12万5000平方メートルにスリム化する計画を立てている。環境問題では何かと風当りが強い石油会社だけに、環境配慮の斬新な木造建築群に移転するとなれば、企業イメージの向上効果が期待できる。
ただ、本社誘致を争う競合もなかなか手ごわい。トタルは従業員への影響を考慮し、現在の本社近く(通勤時間の増減が15分以内)への移転を望んでおり、Arboretumはこの条件に合致する。しかしこれに対抗して、ラデファンス地区内の2件の高層ビル建設プロジェクトもトタルの契約獲得を狙っている。一つはユニバイユ・ロダムコが建設する「シスターズ」(219メートルと121メートルの二つの高層ビル)で、著名建築家のクリスチャン・ド・ポルザンパルク氏が設計。もう一つは、グルパマ・イモビリエ(保険会社グルパマの不動産子会社)が建設する「リンク」(244メートルと174メートルの二つの高層ビル)で、こちらはフィリップ・シアンバレッタ氏が設計を手掛けた。いずれも斬新なデザインの次世代型高層ビルで、Arboretumとは好対照をなしている。
トタルがいずれを選ぶかが注目されるところだが、ジブコビッチ氏は、Woodeumの物件のテナント料が年間で1平方メートル当たり400ユーロ未満と、従来型の建物と比べて高いわけではないと強調している。また、工期の短さもセールスポイントとなる。24カ月で全体の建設が可能といい、これは例えば「リンク」の32カ月(ただし、用地にある既存の建物の取り壊しが必要)と比べてかなり短い。
Arboretumプロジェクトは比較的に低層の建築物だが、諸外国の例に倣い、木造高層建築への関心も高まっている。政府も木造高層建築の建設プロジェクトを後押ししている。2016年10月には、地元自治体を対象にした関心表明の募集を経て、24件のプロジェクトが選定された。平均で10階建ての木造高層建築が全国に整備される。政府は助成金の支給は予定していないが、選定されたプロジェクトには、木造大規模建築のノウハウを持つ業界団体ADIVboisが技術支援を約束する。関心表明は28件に上り、予想以上の反響があった。
選定されたプロジェクトのうち18件は集合住宅で、合計で1,600戸が整備される。4件がオフィス、残りは住宅や商店・オフィスなどの混成建物となっている。全体で13万平方メートルが整備される。最も低いのは、パリ・ポルトドバンブの環状自動車道をまたいで建設される7階建ての建物だが、パリではこの他、16階建て・50メートルと選定された中では最も高い建物が建設される。具体的な施主やプロジェクトの中身は、2017年9月に発表される段取りとなっている。
こうした派手なプロジェクトはあるが、全体的に見て木造建築の市場規模は大きいとはいえない。市場シェアは一戸建てでは15%に上るが、集合住宅の場合は2~3%とごく小さい。過去20年間で見ると木造住宅のシェアは伸びてはいるが、この数年間では成長の勢いが通常のコンクリートの建築物を下回っている。校舎や体育館といった公共施設ではシェアが20~25%に上っているが、こちらも最近では、自治体の財政難に伴う公共投資の不振を背景に事業規模が頭打ちとなっている。十分な市場規模の確保によるコスト節減が実現せず、これが成長を妨げるという局面が続いている。
大規模な木造建築に欠かせないCLTパネル材の国内製造業が育っていないのも問題で、フランスは森林資源が豊富な国柄でもあり製造業の成長が待たれている。国内では、ティオンビル市(ロレーヌ地方)のベンチャー企業Lineazenが工場を開所。同工場は年間10万立方メートルの製造能力を持つが、同様のイニシアチブが増えることが期待されている。
(初出:MUFG BizBuddy 2017年5月)