パリで激戦、「フリーフロート型」電動キックスケーター・シェアリング

投稿日: カテゴリー: フランス産業

パリでは「フリーフロート型」の電動キックスケーター・シェアリングサービスが花盛り。参入企業は10社を超える。しかしそれに伴う問題、特に事故の増加が取り沙汰されるようになり、政府は2019年秋に規制導入を検討している。また同市場の採算性を疑問視する声もある。環境に優しいモビリティを謳い文句にした電動キックスケーターはどのように変遷をたどるのか。

パリの街中で電動キックスケーターを頻繁に見るようになって、まだ1年ほどしか経っていないが、その数は日毎に増えている気がする。個人保有のものもあるが、道端で見かける電動キックスケーターのほとんどは、携帯アプリを通じてその場でレンタルし、好きな所で乗り捨てられるという「フリーフロート型」のシェアリングサービスに属するものだ。パリ市では現在、フリーフロート型電動キックスケーターの数が4万台に達しており、2019年夏にはこれが7万台に拡大すると予想する向きもある。

このビジネスは、人の輸送における、いわゆる「ラストワンマイル」を提供するものだ。パリで展開する「人の輸送のラストワンマイル」サービスには、電動キックスケーターだけではなく、自転車や電気自動車(EV)、スクーターなどのシェリアングもある。パリ首都圏は大気汚染が深刻で、行政により旧式車両の乗り入れ規制や一部の自動車専用道の廃止など、内燃機関自動車の交通が制限され始めている。そして、内燃機関自動車を代替する「環境に優しい」モビリティが促進されている。この政策に則ってパリ市は2011年から7年間、EVシェアリング「オートリブ」サービスを提供していた。しかし「オートリブ」の運営を受託したボロレ・グループと赤字累積の負担をめぐり対立し、2018年8月にサービスをいったん打ち切った。

2019年5月6日、パリ市は9カ月前にサービスを停止した「オートリブ」に代わる新サービス「モビリブ」を行う4事業者を発表し、EVシェアリングを再開する意向を示した。またパリ市は、2007年以来、自転車のシェアリングサービス「ベリブ」を提供している。こちらはこちらで駐輪ステーションの不具合や自転車の破壊行為の多発、自治体の運営費負担の増大で賛否両論だ。特に2017年の事業者変更(JCドゥコーからSmovengoに変更)以降、事業展開の遅れもありユーザーの不満が募っている。

自転車シェアリングには、民間企業によるフリーフロート型サービスもあるが、利用者のマナーが悪く「歩道に乗り捨てられた自転車が邪魔であり景観を損ねる」と市民から批判の声が上がっている。こういった自転車のシェアリングサービスは、より場所を取らず、より手軽に利用できるキックスケーターの登場以来、少し下火になったように思う。

2019年5月12日、元陸上男子短距離選手のウサイン・ボルト氏がアンバサダーを務める米ボルト・モビリティが、パリでフリーフロート型電動キックスケーター・シェアリングサービスを開始すると発表した。これでパリ市内と近郊で同事業を展開するブランドは、Lime、VOI、Bird、Tier、JUMPなど12に達した。先に登場した自転車シェアリングサービスは事業者のほとんどが中国企業だったが、電動キックスケーター市場には欧米系の企業も参入している。参入企業はスタートアップであることもあれば、輸送部門の大手企業であることもある。

自動車大手のBMWとダイムラーは2019年3月、パリで電動キックスケーター・シェアリングサービス「HIVE」を開始した。同じく自動車のセアトは同年4月に「UFO」ブランドでパリ市場への参入を果たした。また配車サービス大手の米ウーバー・テクノロジーズ(以下、ウーバー)も同月、パリ市で電動キックスケーターのフリーフロート型シェアリングサービスを開始した。ウーバーは、2018年に買収した「JUMP」ブランドでサービスを提供しており、自転車シェアリングサービスの展開も同時に進めている。2018年創業のVOIはスウェーデンの企業で、欧州9カ国の18都市でフリーフロート型電動キックスケーター・シェアリングサービスを展開、フランスではパリ以外でも、リヨン、マルセイユに進出済みである。VOIも自転車シェアリング市場に参入を予定、最近に電動自転車2モデルを公開した。

駐輪場・駐車場といったステーションが必要なく、免許も要らないキックスケーターだが、やはり問題もある。まずはフリーフロート型自転車シェアリングと同じく、乗り捨てが歩行者の邪魔になり、景観が損なわれるという問題だ。自転車ほどではないにせよ、歩道に放置されているキックスケーターは、正直なところ少し目障りだ。

それよりも重大な問題が、事故やそれによる負傷者の増加である。少し古い数字になるが、2018年10月11日付のパリジャン紙によると、フランスではキックスケーターとローラースケートが関与した事故が増加しており、2017年には1,378件に上った。事故による負傷者は2017年に284人を数え、前年(231人)に比べて23%増加した。片や、死者は2016年の6人から2017年には5人へと減少し、ローラースケート/ブレードの利用は減少しつつあるが、電動キックスケーターは上記の通りシェアリング市場の拡大で急増が見込まれ、今後も事故は増加すると思われる。

事故の中で多いのは、車道を走る自動車、自転車、スクーター/バイクとの接触事故だが、歩行者を巻き込んだ事故もある。米国での最近の調査によると、事故の8%が歩行者を巻き込んだ事故だそうだ。自損事故であれば多少の怪我は自己責任という気もするが、歩行者の負傷が増加しているのは見逃せない。電動キックスケーターは、電動であるが故に音があまりせず、すごいスピードで近づいてきても歩行者は気がつかない。

シェアリングサービスの利用者は、フランス人では若い層が多く、平気で「ながらスマホ」や「ヘッドホン着用」で走行している。注意力散漫な運転手が乗る時速20キロメートル(km)の乗り物など、歩行者にとっては凶器でしかない。旅行者の利用も多いようだが、地理がわかっていないのでキョロキョロとして、こちらも非常にあぶなっかしい。フランス独特の交通ルールやマナーを知らないので、思わぬ挙動に出ることもある。

この事態に鑑み、フランス政府は2019年4月に電動キックスケーターなどへの規制を導入すると発表した。具体的には電動キックスケーターと自立安定一輪車などの新型移動手段を「EDPM(電動機付き個人用移動機械)」という呼称でまとめて規制の対象とする。パリでは既に、電動キックスケーターの歩道走行が禁止されている(罰金135ユーロ)が、これを全国で適用する。他の措置もパリ市が提案する規制内容に則したもので、

• 時速25kmを超える速力の出る機種の使用は禁止される。
• 市街地では自転車専用道の通行が義務付けられる(それがない場合は、制限速度50km未満の車道の通行が認められる)。
• 8歳未満の者の使用は禁止され、12歳未満はヘルメットの着用が義務付けられる。
• 2人乗りの禁止。
• 夜間のライト点灯や蛍光ベスト着用の義務付け。
• 使用中のヘッドホンなどの着用禁止。
• 新規事業者には、事業開始に当たって事前許可の取得が必須。

などと行った内容が法案に盛り込まれた。現在、法案は下院で審議/修正中で、2019年9月の施行を予定している。

ちなみに規制が決まった最近でも事故は相変わらず起こっており、2019年4月には、パリ近郊で電動キックスケーターと衝突した高齢者が亡くなった。スケーターを利用していた29歳の男性は過失致死の疑いで逮捕、同年9月の判決を待つ身となっている。また同年5月には、生後7カ月の赤ちゃんを抱えた母親が17区で電動キックスケーターに衝突され、転倒するという事故も発生した。幸い親子に大きな怪我はなかったものの、反対派からは「規制が施行されるまでは、電動キックスケーターを禁止するべき」との声も上がっている。

上記の安全面での規制に加え、ブランドの乱立が問題になっているパリ市は、2019年4月初めの市議会で、フリーフロート型の自転車、スクーター、キックスケーターに対する課税措置の導入を決定した。課税により事業者の参入抑制を狙うというわけだ。

フリーフロート型の電動キックスケーターには、もう一つ問題がある。採算性の問題である。2019年5月16日付のレゼコー紙は、フリーフロート型電動キックスケーター・シェアリングサービスの収益性に関するボストンコンサルティンググループ(BCG)による調査を紹介した。この調査によると、キックスケーター・シェアリングの市場規模は2025年には400億~500億ドル(欧州で120億~150億ドル)に達するという。

ただしBCGは、現段階で収益の出ている事業者はないと見ている。1回当たりの利用料金(平均で3.5ドル)と運営コストを鑑みると、電動1台のキックスケーターが1日に5回利用された場合の利益は3.25ドルにとどまり、購入費を回収するだけで115日が必要になる。しかし、故障や破壊も多く、平均的な寿命はわずか3カ月にすぎない。従って収益を得るためには、電動キックスケーターの堅牢性を改善するか、電動キックスケーターの回収とその後の充電・再配置などロジスティック面を改善するしかない。

ロジスティックにかかるコストは現在のところ運営コストの50%を占めており、収益を出すためにはこれを抑える必要がある。電動キックスケーターの事業者は、バッテリーの残量が低下したキックスケーターを回収して、夜間に自宅で充電し、翌朝7時前に路上に戻すという「下請けバイト」を雇っているのだそうで、このあたりの組織力も採算性に影響がありそうだ。

また、参入者増加による価格競争のリスクもある。さらにBCGは、利用者のニーズに合わせて投入台数も増加傾向にあり、投資額が嵩むところに投入台数が増えると、1台当たりの収益率が下がるという問題が発生すると指摘した。

こうして見ると、急成長の同市場も、これからの競争激化で淘汰されていくのだろう。現在の10を超える参入企業も1桁台まで減るように思われる。環境に優しいとはいえ電気は使うわけで、所詮、山手線の内側程度の広さしかないパリのこと、健康維持もかねて歩く方がよいのではないか、と思ってしまうのは筆者だけだろうか。

(初出:MUFG BizBuddy 2019年5月)