フランス北西部の産業界における難民の採用

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスで増え続ける難民の就労率はかなり低い。失業率が低く、求人難のフランス北西部の産業界では労働力としての難民への期待も強く、受け入れに向けた取り組みが進められている。

フランスの難民認定者は2007年には1万人だったが、2017年に3万2000人と3倍以上の増加を記録した。難民受入・社会復帰省間委員会の雇用・研修部門を担当するサイード・イサック顧問は、難民認定者の就労率が39%(男性で53%、女性で19%)にとどまっている現状に触れ、就労率の引き上げの必要性を強調した。イサック顧問は、あまり知られていないがと前置きして、難民認定者には投票権が与えられていないだけで、フランス人とほぼ同じ権利を有しており、難民の就労に有利に働くであろうと述べた。難民の採用をちゅうちょする企業の認識を変える必要があるとはいえ、同氏は企業経営者の見方も変わりつつあるとの感触を得ており、難民が中小企業における人手不足の解決の一助となり得るとしている。

なお、難民および無国籍者保護局(OFPRA)が記録した2018年の難民申請件数は12万2743件(前年比21.8%増)に上った。うち、初回申請は11万3322件(未成年者の同伴者を含む)を数え、出身国別では、アフガニスタンが9,439件と最多、それにギニア、アルバニア、ジョージア、コートジボワール、スーダンが続いた。難民認定がなされたのは全体の26.4%で、前年とほとんど変わらない。再審査を経て認定がなされた案件を加算すると全体の35.7%となる。

難民の就労先として注目されるのは、ブルターニュ地域圏やペイ・ド・ラ・ロワール地域圏などフランス西部地方。これらの地方は失業率が7%前後と他の地域に比べてかなり低めであるが、求人難に直面する業界を中心に、難民の採用に積極的な姿勢を示す動きがある。ブルターニュ地域圏のモルビアン県では、グループドシー(食品加工)のプロエルメル工場卵処理部門では20人を求人したが、求職者が集まらないのが現状だという。こうした求人難から、同県のシテ・マリーヌ(魚類フライ製造)では、100人程度の採用の枠内で10人の難民を採用した。グループCetih(建具製造)はマシュクール工場(ナント南部)でイラク人の難民2人を採用済み。難民採用が成功する条件として、フランス語の取得、常識ある立ち居振る舞い、仕事へのある程度の適性などを挙げている。

ペイドラロワール地域圏のナント市街地では毎年夏、アフリカからの500人ほどの難民が路上で生活する姿が見られる。そのナントでは2006年に発足したアソシエーションAMIが難民支援に取り組んでいる。なお、アソシエーションAMIは、難民認定や滞在許可証の取得などの行政面での手続き支援、フランス語および公民教育、住宅あっせんなどを行い、労働を通じての社会参入を実践する。スズランの収穫の他に、野菜(トマトやジャガイモなど)の収穫といった季節労働契約をあっせんしており、2018年には難民700人の雇用契約を手配した。この数は前年比で47%の大幅増を記録。アソシエーションAMIによると、伝統的に野菜栽培での労働力需要が大きいが、飲食業、建築、清掃、物流などでも難民を採用する動きが広がっている。

やはりナント所在で難民の就職支援を行うプラットフォームのJob4Miは2018年に事業を開始したばかりだが、同地域圏ロワール・アトランティック県ですでに15人の難民の就職に貢献したという。企業の求人ニーズを探り、難民の採用プロセスに関わり、就職する難民のための移動手段および住居の確保を支援する。

ナントでオフィス空間のリニューアルを行う中堅のVivolum(年商700万ユーロ)は、イラク、ギニア、トルコからの難民7人を受け入れており、Job4Miから難民の採用に関して、行政手続きの支援の他に、生活面の支援やフランス語の習得などで助力を得た。なお、Vivolumの代表は、企業は社会復帰の場として最適との考えを持っており、これまでも元受刑者、ロマを採用していた。代表は、これまでのノウハウを引き継ぐ労働力の確保が難しい状況にあり、難民の就労意欲の高さ、社会復帰への願望の強さなどを評価すると述べている。さらに、従業員も難民を支援することで仕事への意義が高められるとし、私的な時間を使って難民にフランス語を教える従業員がいるとも語っている。難民採用の問題点としては、難民の採用に関する行政手続きの複雑さ、社内で研修を開始した難民が難民認定を取得できないかもしれない可能性があることへの不安を挙げた。

一方、ブルターニュ地域圏イルエビレンヌ県のCFA(政府認定の手工業組合による専門学校)では、難民向けに建設部門のCAP(職業適格証)コースを開設した。CAPコースは通常は2年間だが、フランス語の習得も考慮して難民向けには学業期間を3年間に延長したCAP+コースを特設した。CAP+コースは前年に開設され、初年度は学生7人でスタートし、現時点では14人が在籍する。アフガニスタンやソマリアなどからの若い難民の中には、就学経験がない人もいるため、学期開始初めには通訳付きでフランス語での授業が行われ、算数および専門用語の説明などの授業も行われる。これらの難民は、企業での実技経験を経て、タイル職人、屋根職人、レンガ職人などの資格取得が期待される。

学校教育を受けたことのない難民とは対照的に、高学歴ですでに出身国で有資格の仕事(弁護士、新聞記者、教職)に就いていた難民もいる。ただしフランスでは出身国の資格は必ずしも認められていない。2015年発足のWintegreatは、フランスのバカロレア(中等教育レベル認証)と同等の教育を受けた18歳以上の難民を対象に、グランゼコール(高等教育職業機関)と提携して、学生による難民支援プログラムを実施する。例えば、ブルターニュ地域圏のレンヌでは、難民23人が3カ月間、チューターとなったシアンスポ(パリ政治学院)の学生の支援を受けて、雇用に向けて自分の職業研修プランの検討を行う。

主要経営者団体のフランス企業運動(MEDEF)とフランス全国銀行協会(AFB)は、このWintegreatの協力を得て、銀行部門における職業資格が取得できる専門学校CFPBの入学者選定を行った。CFPBでは、シリア、アフガニスタン出身の難民15人を対象に初めて銀行部門のマネジメント管理、顧客担当などについての職業研修コースを開始した。見習い制度と同じく学生には報酬が出ており、就学後にはBNPパリバ、クレディ・アグリコル、HSBCなどの提携金融機関への就職が約束される。MEDEFと AFBは、難民の就労支援に向けた取り組みについて、経営者、管理職の経験を持っている難民たちが十分な能力を持っていることを企業に証明したいと意欲を示している。また難民の社会復帰について、過大な約束を避けるために、着実な取り組みをしたいと説明する。

政治的な取り組みとしては、ナント市内の選挙区で選出されたオペルト下院議員(与党共和国前進(LREM)所属)は2018年10月、難民の採用拡大を支援するための一連の措置を提言した。この中には難民の雇用支援のための窓口の一本化、国外で取得した運転免許および学業に関する各種の証明などのフランスでの認定に関する提案が盛り込まれている。さらに同議員は、見習い研修が本人確認証の問題で中断されたり、放棄されることがないよう、未成年者の難民の滞在許可証の更新を円滑化することが必要であるなどと指摘している。

以上のようにフランス、特に北西部では難民を社会問題としてだけ捉えず、人材として生かす取り組みを進めている。社会構造への変化の対応を迫られる日本でも、人的資本として移民を受け入れるというアイデアがだいぶ前から話題になっているが、移民受け入れの歴史が長いフランスでのこういった具体的かつ積極的な取り組みは、日本でも参考になると思われる。

(初出:MUFG BizBuddy 2019年2月)