フランスでの自動運転車開発の現状

投稿日: カテゴリー: フランス産業

自動車業界が大きく変わろうとしている。自動車に関係する報道は電気自動車(EV)と自動運転車の話題ばかりだ。自動車産業は、日本でもフランスでも基幹産業の一つである。最近フランスでは、自動運転車の実地試験に関する規制の一部が緩和された。この機会に自動運転車の現状を見てみたい。

フランスにとって自動車産業は、日本同様に国の基幹産業である。そしてその自動車産業は今、大きな変革の時を迎えている。フランス政府は2018年5月22日に、フランス自動車産業の2018~2022年の目標を定める戦略委員会の会合を開催した。この機に政府と自動車関連企業の代表は、2カ月にわたる関係者協議を経て作成された「自動車部門戦略合意」に調印した。この中ではまず、2022年までの優先的目標として、フル電気自動車(EV)の販売を5倍に増やすことが掲げられた。2017年の販売台数(商用車を含む)は3万1000台だったが、これを15万台に引き上げ、2022年の時点で国内のフルEV保有台数を60万台とする。また、プラグインハイブリッド車(PHEV)保有台数については、2022年に40万台とすることを目指す。この目標達成に向けて、充電設備も2022年までに10万基に増やし(2018年初め時点では2万2000基)、10台のフルEV・PHEVに対して1基の割合とするという。

この合意の中でもう一つの重要課題に挙げられたのが、自動運転車の試験であった。自動運転車の試験については、環境エネルギー管理庁(ADEME)が2018年6月にプロジェクト公募を実施し、試験で得られたデータの一部を共有化することが決められた。自動運転車の試験には、総額で2億ユーロ以上が投じられる見通しとなった。

フランスでの自動運転車開発といえば、フランスの自動車部品大手フォルシアが、日立製作所保有のクラリオン(カーオーディオ・カーナビゲーション大手)の株式63%を買収すると発表したことが記憶に新しい。フォルシアはフランス自動車大手、グループPSA(以下、PSA)が資本の46%を保有し、日本でも確かなポジションを確保している大手であり、片やクラリオンはカーナビゲーションでは世界四大メーカーの一つで、自動運転技術の分野での事業発展を目指している。

フォルシアの例に見られるように、自動車メーカーや自動車部品メーカーは、自動運転車の実用化に向けて、自社開発や技術獲得を進めている。革新的なスタートアップも出てきており、中には大手メーカーに買収されることなく、中堅企業へと成長する企業も登場している。後に紹介する自動運転車開発のフランスのナビア(Navya)が、パリ株式市場への上場を果たしたのも2018年7月の出来事だ。ここ数年で、本格的な自動運転試験も複数開始されている。そこで本稿では、フランスでの自動運転車の現状に注目してみたい。

まずは実地試験だが、現在フランスでは、ノルマンディー地域圏のルーアン市とその近郊で「Rouen Normandy Autonomous Lab」と命名された本格的な試験が行われている。ルーアン市の公共交通網の運営を担当するトランスデブが、フランスの自動車大手ルノーと協力して進めている。投資額は1,100万ユーロで、ルーアン都市圏(メトロポールと呼ばれる広域自治体)やノルマンディー地域圏、政府系金融機関、預金供託公庫(CDC)も参画している。この実地試験では、ルノーのEV「ゾエ」4台が、10キロメートルほどの公道のコースを周回し、高等教育機関のキャンパス、ショッピングセンター、展示会場へと利用者を運ぶ。利用者はスマホ対応のアプリを用いて自動車を呼び、17カ所ほどの停留所のいずれかで乗車する。料金は無料。

用いられるゾエは、ルーアン近郊のクレオン市にある工場で製造されたパワートレインを搭載しており、自動運転機能はレベル4(特定の条件下でシステムが運転、ドライバーは必要なし)に相当する。自動運転を可能にするために、EV自体にはもちろんだが、走行経路にも必要なシステムが設置されている。トランスデブは2018年9月に、フランスのLohr(車両製造)と開発した自動運転の電動シャトルバス「i-Crystal」を公開したが、このシャトルバスも同年内にルーアンのRouen Normandy Autonomous Labの枠内で試験運用を開始する予定。i-Crystalの定員は16人だ。

また、ナビアが自社開発したロボットタクシー「AUTONOM CAB」の公道試験も、間もなくリヨン市で開始される予定で現在、当局からの試験許可を待っている段階にある。AUTONOM CABの定員は6人。ナビアはすでに、リヨン市の公共交通網運営ケオリスとともに、2016年9月以来、リヨン・コンフリュアンス地区で自動運転シャトルバスの公道試験を行っている。コンフリュアンスの試験での走行区間は1.3キロメートル、走行速度は時速20キロメートルで運転手は同乗しないが、オペレーターが遠隔で15人までの乗客の乗り降りと運転を監視する。今後開始するロボットタクシーの運用に向けて、バグの特定とその改善も目的としている。またナビアは、同様の試験を2017年6~12月までの6カ月間、パリ西郊のラ・デファンス地区でも実施した。

リベラシオン紙(2018年11月15日付記事)によると、世界でも自動運転車の「販売」実績がある企業は2社だけで、そのうち1社がこのナビアである。ちなみにもう1社のイージーマイルも、トゥールーズにあるフランス企業だ。

ナビアは、2014年の設立以来、乗客27万5000人強の輸送を達成、スイス、ドイツ、日本、米国など世界17カ国で100台のシャトルバスを販売した。日本では、福島の原子力発電所内でナビア製のシャトルバスが利用されているようだ。これまでのところナビアの自動運転車は、産業施設(工場や発電所)、空港内、病院内、アミューズメントパーク内といった私道での運行か、従来の公共交通のステーションから目的地までのラストワンマイル/ファーストワンマイルの輸送を目的として販売されてきたが、今後は走行速度の速い、より長距離での運行も可能とナビアは考えている。

ナビアの売上高は、2017年に前年比5倍増の2,000万ユーロに達した。2018年には3,000万ユーロを見込んでおり、2019年末にはEBITDA(利払い・償却・税前利益)の黒字化を予定している。先にも述べた通り同社は2018年7月に上場を果たし、3,700万ユーロの資金調達に成功した上、欧州投資銀行からも3,000万ユーロの融資を獲得した。

トゥールーズのイージーマイルもナビアと同様に2014年に設立された企業で、これまでに30カ国で自動運転シャトルバス「EZ10」85台を販売した。フランスの鉄道機器アルストムが2017年からイージーマイルに出資しており、同社の取締役会に役員を派遣、提携の度合いを強めている。イージーマイルにはアルストムの他にも、ドイツの自動車部品大手コンチネンタルなどが出資しており、フランスの公的投資銀行(BPI)も最近、同社に650万ユーロを投資すると発表した。実地試験においては、イージーマイルはパリ交通公団(RATP)と提携しており、パリ市内のセーヌ川を挟んだ二つの鉄道駅(リヨン駅とオーステルリッツ駅)間や、フランス原子力庁・サクレー研究所の施設内で自動運転のシャトルバスを運行している。イージーマイルの2018年の売上高は1,800万ユーロに上る見込みだ。

ちなみにロボットタクシーではナビアが先陣を切りそうであるが、フランス自動車大手ルノーも2018年3月に開催されたジュネーブモーターショーで、全電動のロボットタクシーのコンセプトカー「EZ-GO」を公開した。ルノーは2022年からロボットタクシーの運用を開始する計画だが、詳細は明らかにされていない。スイスの銀行大手UBSは、2018年5月に発表した調査で、公道を走るロボットタクシーの数は2030年に2,600万台に上り、新車販売台数の12%を占めるようになると予想している。

ルノーはさらに2018年9月にドイツで開催されたIAAハノーバー国際モーターショーで、ラストワンマイルでの使用を想定した電動自動運転コンセプトカー「EZ-PRO」を公開した。EZ-PROは、配達人が同乗できる車両と無人の車両の2モデルからなり、隊列を組んで配達を行う。配達人は必ずしも必要ではなく、ユーザーがスマートフォンのアプリ経由で車両内のロッカーの鍵を解除し、荷物を受け取ることもできる。同年10月に開催されたパリモーターショーでは、電動自動運転のリムジン「EZ-ULTIMO」を公開した。

フランスのもう一つの自動車大手PSAはというと、これまで、レベル2(一部をシステムが運転しドライバーを支援)からレベル4までの自動運転車20台について、公道での試験を実施している。公道での自動運転車試験の許可をフランスで最初に取得したのはPSAで、自動運転車開発に早くから力を入れてはいるのだが、PSAの自動運転車の試験車両は、実はこれまでのところ全て内燃機関車だ。PSAは「既存の内燃機関車に自動運転機能を装備する方がシンプルだ」とプロトタイプレベルでは技術的な利便性を優先した開発を行っているもようだが、同時に、2025年までに全ての自社ブランドの全モデルにおいてフルEVまたはフルPHEVを用意すると言明しており、自動運転機能のEVへの実装は当然進めていると思われる。

フランスでは2014年末から2017年末にかけての3年間で、自動運転車の実地試験の許可が51件付与された。合計で10万キロメートルの走行実験が実施され、工事や霧などの気象条件、他の自動車が起こした事故などに由来するインシデントなど、外的要因による問題はあったものの、自動運転車自体による物損事故や人身事故は発生しなかった。そんな中、2018年3月に米ウーバー・テクノロジーズ(以下、ウーバー)の自動運転車が米アリゾナ州フェニックスで死亡事故を起こし、フランスでも波紋が広がった。この事故以降、自動車メーカーらは公道での試験にさらに注意を払うようになり、当局は自動運転車および公道での試験に関する条件の見直しに着手した。

ウーバーの事故から数カ月後、冒頭で紹介した合意が調印される直前の2018年5月14日にフランス政府は、自動運転車普及のための環境整備に関する報告書を受け取っている。報告書の作成者は、2017年10月に自動運転車普及の全国戦略責任者に任命されていたアンヌマリー・イドラック氏。イドラック氏は、運輸相などを務めた保守系の元政治家で、国鉄SNCFなど公共部門企業のトップを歴任した人物である。

報告書は、自家用車、公共交通機関の車両、商品輸送用の車両について、レベル3(特定の条件下でシステムが運転し、緊急時はドライバーが操作)およびレベル4の自動運転車が公道で通常に通行することを前提とする法制度の整備を、遅くとも2022年までに終えるよう勧告。また、レベル5の完全自動運転車については、公道でのテストを行えるように法制度を整備するよう勧告した。報告書の提出には、ルメール経済・財務相をはじめとする閣僚数人が列席し、政府としてこの問題を重視する姿勢を示した。特にルメール経済・財務相は、レベル5の自動運転車のテストに関する規定に意欲的で、2019年にも公道でのテストを開始する方針を確認した。

これに続き、2018年10月9日のフランス下院第1読会で採択されたPACTE法案(企業活動の促進を目的とした一連の措置を盛り込んだ大型法案)では、自動運転車の公道での実地試験について、監視役の同乗義務が撤廃された。今後は、公道での実地試験でも遠隔操作による介入だけでよくなる。またPACTE法案では、実地試験に由来する責任問題について、自動運転中は試験実施の許可を受けた者が刑事責任を負い、自動運転から人による操作に切り替えられるまでの期間にもこれが適用されると明確にした。試験実施の許可申請時にこの期間の長さが定められる。

PACTE法案は、これから上院審議に回されるが、その内容についてはコンセンサスが形成されており、大きな修正は施されないと予想される。すでに車内に監視役を配置しない自動運転車の実地試験は、オランダ、デンマーク、カリフォルニアなど米国の一部の州で開始されている。

上記の通り、自動運転車はその運行についての法整備も徐々に進められつつあり、現実味を帯びてきたといえなくもない。米A.T.カーニーは、2035年には自動運転車市場が5,600億ドルに達すると予想している。

とはいえ、自動運転技術はまだ不完全、という声も高い。フランス保険大手のMAIFが、自動車認証審査業務などを行うフランスUTAC CERAMと協力して実施した自動運転技術の性能に関する調査(2018年7月発表)では、現在市場で販売されている高級車の運転支援システムは非常に高性能で、安全性を高め、事故の回避に貢献することは明らかだが、完全な自動運転システムからはまだ程遠いと判断している。具体的には、雨、霧、光などの外的条件によってシステムに不具合が発生するリスクがあり、道路標識の認識にも難があるなどの点を指摘した。また技術的な問題に加えて、運転支援システムが高性能であればあるほど、ドライバーの注意力が低下して事故につながるリスクも増すと指摘している。

またUBSの調べによると、自動運転車の開発では米IT大手グーグル傘下のウェイモが大きく先行しており、2018年内にもレベル4からレベル5のシステムを提供できる可能性があるが、このレベルの自動運転車の商業化はまだ予定されていないという。

2人目の子どもができたことを機に、40歳を過ぎてようやくマニュアルの自動車運転免許を取り、まだ運転が楽しい筆者としては(フランスではいまだマニュアル車が占める割合が非常に高く、オートマチック限定免許はない)、自動運転車の登場を実は少し残念な気持ちで眺めている。しかし、つい先日、大きな通りを右折したところ、筆者の走行車線を逆方向に走る対向車が目の前に現れて、危うく正面衝突するところだった。対向車の運転手は自分が走行する車線を外れて、筆者の走行車線側にある駐車場の入り口を目指して反対車線を斜めに横断している最中だったのだ。とっさにハンドルを切って衝突は免れたが、車の右側をだいぶこすられた。完全に道路交通法違反のこの対向車の運転手は、86歳の男性。確かに一部の運転手よりは、自動運転システムを利用した方がまだ安全かもしれない。

(初出:MUFG BizBuddy 2018年11月)