フランスでも好調? フードデリバリー産業の現状

投稿日: カテゴリー: フランス産業

出前文化のないフランスで最近、フードデリバリーのスクーターや自転車を頻繁に見掛けるようになった。この業界にはスタートアップ企業だけではなく、ウーバーやラポスト(郵便局)などの他業界の既存の大企業も参入している。フードデリバリーが花盛りであるように見えるが、収益性確保の困難、競争激化、配達人の労働者性の問題など、課題は大きい。

しばらく前から、パリの街でフードデリバリーのスクーターや自転車を頻繁に見掛けるようになった。地下鉄駅の広告にもフードデリバリーのものをよく目にする。

フードデリバリーというとスマートに聞こえるが、実は出前のことである。フランスにはもともと、ピザ以外の出前文化はなく、ピザにしても宅配を利用するのはごく限られた機会だった。ちょっと前までの習慣では、大体のビジネスパーソンは、昼食時には社外に出て近くのカフェやレストランでしっかり時間を取って温かい料理を食べるか、近くのパン屋やスーパーでサンドイッチやサラダを買ってきてオフィスで済ませるか、仕事の量や腹具合・懐具合と相談しながら、いずれかを選択することが多かった。この辺りは日本とさほど事情は変わらないと思うが、日本と大きく違うのは、昼食として選べる食事の選択肢がそれほど多くはないことだ。一般的に、フランス人はなんだかんだ言って食にはこだわりが多いといわれる。しかし、その割に、コンビニエンスストアや弁当屋が少ないこの国には、持ち帰りできるメニューのチョイスが少なかった。

そこで出てきたのがフードデリバリーサービスだ。フランスのフードデリバリーには後述の通り幾つかタイプがあるが、二つのタイプが主流で、一つはレストランが用意した料理をそのまま宅配業者がデリバリーするもの、もう一つは材料とレシピを提供して自宅でユーザーが調理するという「セット」または「キット」のデリバリーだ。言わずもがな、前者はランチでの利用が多く、後者は忙しい兼業主婦による利用が多い。どちらもウェブサイトや携帯アプリケーション(アプリ)を通じて注文をして、希望する時間に料理や食材が手に入るようになっている。

フランスで最初にフードデリバリー業者として頭角を現したのは、英国発祥のデリバルー(Deliveroo)ではないかと思う。同社のカンガルーのロゴを付けた配達人やレストランを見掛けるようになったのは3年前くらいか。英国での創業は2013年だが、2年後にはもう世界12カ国に進出した優秀なスタートアップ企業だ。2015年にはフランスでも提携先レストランが1,000店、2016年には2,000店を超えている。

2015年に同社が5回目の資金調達を成功させたときの報道によると、その時点でデリバルーの評価額は10億ドルに上った。同社は飲食店と提携し、注文主の自宅に自転車で食事を配達するサービスを展開しており、注文ごとに2.5ユーロの配達料と飲食店からの手数料を徴収するビジネスモデルを採用した。提携先のレストランにタブレットとブルートゥースプリンターを提供した上で、包装、配達、予約などを含めたフードデリバリーサービスを一手に引き受けてくれるので、レストラン側にとっても負担は少ない。

配達を担当するのは同社の従業員ではなく、インターネットで募集したアルバイトで、学生や失業している人なども多い。ユーザーは配達の進捗(しんちょく)状況を、アプリを使ってリアルタイムで把握できる。注文のミニマムロットや金額はレストランが決めるが通常は15ユーロ程度で、オンラインで支払う。

次に目立つ業者はドイツ・ミュンヘンに2014年創業、フランスではパリをはじめ8都市で展開しているフードラ(Foodora:創業当時の名前はVolo)か。デリバルーと同じく、レストランと提携して、そこで食べられる料理と同じものを宅配する。同社は2015年4月にロケット・インターネットにより買収された後、カナダのHurrier、オーストラリアのスーパータイム、オーストリアのHeimschmeckerを買収して急成長した。同年さらにロケット・インターネットは、複数のブランド名(デリバリー・ヒーロー、アーバンテイストなど)で同様のサービスを提供するデリバリー・ヒーローも買収し、シェアを広げた。

デリバリー・ヒーローはその後、西欧諸国では主にフードラ名義、東欧・中近東・北アフリカ・アジアでは主にフードパンダ名義でサービスを展開。世界40カ国・地域に進出し、2016年には2億9700万ユーロの売上高を記録、79%の増収を達成した。2017年6月にフランクフルト証券取引所に上場を果たしている。

既存の他業界大手もフードデリバリー市場に参入をしている。例えば、日本でも事業を開始しているのがウーバーイーツである。2016年3月末にパリでサービスを開始して、同年末にリヨン、2017年3月にはボルドーに進出し、進出都市が18箇所にまで増えている。2017年の年初時点で、ウーバーイーツのアプリのダウンロード数は70万回に達し、国内でのフードデリバリー注文件数は100万件を超えたという。ウーバーの知名度の高さもあったが、配車サービスの月間利用者200万人への販促活動がフードデリバリー事業の発展に大きく貢献したようだ。

フランスではフードデリバリー業者の興隆とともに、当然ながらフードデリバリーサービスで宅配業者と提携する飲食店が増えており、高級ハンバーガーのビッグ・フェルナンや、ムール貝レストランのレオンドブリュッセル(フードラと提携してパリ市内の9店舗で導入)などは、これに合わせて商品の幅を広げている。KFC(ケンタッキーフライドチキン)もパリ市内の4店舗で試験導入を開始した(フードラおよびスチュアートと提携)。

また2017年春の報道によると、マクドナルド・フランスも宅配サービスのマックデリバリーに乗り出す意向で、パリ市内の3店舗で試験導入を近く予定しているらしい。ウーバーイーツとの提携で、パリ郊外の2店舗でマックデリバリーを試験導入するとの報道もある。マクドナルドは、欧州では英国とドイツでマックデリバリーを展開済み。方法は各国で異なり、米国ではウーバーイーツと、ドイツではLieferheldおよびフードラと提携している。

フードデリバリーでは、提携先のレストランから食事を宅配するというサービスが基本形だが、自前で調理をして届けるFrichti(最近、1,200万ユーロを調達)や、自宅にシェフを派遣するLa Belle Assietteなど派生系も生まれている。前述の通りフードデリバリーのもう一つの基本形である食材とレシピをセットして届けるQuitoqueもある。この企業は、お任せの「ボックス」を会員に週4回届けるというサービスを展開している。また街のスーパーでも、台頭するフードデリバリーに対抗するべく、イートインやテークアウトで提供していた調理済み食品の宅配サービスなどを開始した。

調査会社NPDによると、2016年10月から2017年3月の半期で、フードデリバリーのフランスでの注文件数は1億2500万件に上り、この数字は前年同期比で35%増となる。フランスの2016年のフードデリバリー市場は17億ユーロで、2017年にも2桁台の成長を確保するとみられている。

こう見るとフードデリバリー産業は花盛り、需要も膨らみ売り上げも伸びているようだが、実際には各社ともシェアを拡大して足場を固めて、欧州レベルの事業規模を確保するのにしのぎを削っている段階で、広告・マーケティング費用も大きい。内情は明らかではないが、実はもうかっている企業はないという見方も多い。陣取り合戦の一環で国を越えた買収が活発であるのも成長市場の常であり、実は発足が1998年とデリバルーより古いフランス発のアローレストは2014年に同業の英ジャストイートの傘下に入った(創業者フォレ氏が20%株式を維持)。

業界が成長する一方、淘汰(とうた)期に入ったことを示すものとしても注目されたのが、2016年8月のベルギーに本社を置くTake Eat Easyの倒産だ。同社は提携レストラン3,200店を誇り、2015年には毎月30%の成長を遂げた。累積サービス件数が100万件に達したばかり、登録利用者は35万人に上るという段階で倒産した。

同社は、2015年に1,600万ユーロの資金調達を実施し、2015年10月から3回目の資金調達の準備をしていたが、2016年3月時点で投資ファンド114社から支援を拒否された。実は3,000万ユーロを出資する意思のあるフランス公営企業と独占交渉してきたが、これもまとまらず、会社更生法の適用申請に追い込まれた。なお、交渉相手はフランス・ラポスト(郵便局)の配送子会社ジェオポストだったという。ちなみにジェオポストは、2017年に食べ物以外の商品の宅配とともにフードデリバリーも提供するフランス・スチュアートを買収している。

Take Eat Easyの倒産を機に、配達人たちの労働者性の問題も取り沙汰されるようになった。フードデリバリー業の配達人は正社員ではなく、大概は、独立自営業者として登録している。いわゆるウーバー型のビジネスモデルだが、倒産の場合、正社員とは異なり、外部業者という建前の配達人が未払いの報酬を回収するのは極めて難しい。パリでTake Eat Easyの配達人を務めていた人々からは、事故があっても補償はなく、通行人を負傷させて賠償責任が生じた際にも、会社側のサポートは一切なかったといった証言も聞かれる。遡及(そきゅう)的に会社との関係を労働契約に切り替えることを求める訴訟を起こす動きも出ている。

フランスでは2016年9月に、デリバルーの旧配達人が、従業員の認定を求めて裁判を起こしたが、裁判所は、雇用関係の成立の要件である実質的な従属関係が存在していたとの立証がなされていないとの理由を挙げて、旧配達人の訴えを退けた。そんな中でウーバーの運転手やデリバリーの配達人に既存の労働法をいかに当てはめるか、あるいは新しいタイプの雇用契約や職業形態を認めるべきではないか、という論議が活発化している。

競争激化のフードデリバリーでは、従業員とのフェアな関係を確立し、それを付加価値として競合との違いを明確にするという戦略もありそうだが、そこで発生し得る労働コストの増加を、サービス価格の引き上げではない部分でどれだけ補槇(ほてん)できるか、という点が課題となりそうだ。まだ十分に収益性が確保できていない業界なだけに、この課題は大きい。

(初出:MUFG BizBuddy 2017年11月)