フランスの原子力産業は、原子炉と核燃料を扱うアレバと原子力発電所を運転するフランス電力公社(EDF)の二人三脚により、同国内の電力供給の大部分を担うだけでなく、輸出産業としても大きく飛躍することを期待されていた。しかし、東京電力福島第一原子力発電所事故や電力価格低下などの影響で危機に直面している。この危機をどのような形で乗り越えるにせよ、数年前と比べて状況が様変わりしてしまったことは否定できない。
2016年6月28~30日までパリ郊外のル・ブルジェで第2回世界原子力展示会(World Nuclear Exhibition(WNE))が開催された。展示会の開幕について報じたフランスの経済紙レゼコーによると、フランスの原子力部門の需要は予想よりも低迷しており、同部門の中規模企業はロシアの原子力大手ロスアトムとその系列会社からの受注に期待をかけているという。ロスアトムとその系列会社の側も、WNEの機会を利用して自社のプロジェクトへの参加などをフランス企業に積極的に呼び掛けた。
フランスの原子力業界団体GIINも同国の原子力部門の需要低迷を認めている。公的投資銀行(BPI)は、フランスの原子力部門を支援するために「FDEN(原子力企業発展基金)」を設置したが、今のところは大きな成果を挙げていない。また、フランスの原子力部門の輸出振興を目的として「France Nuclear Performance Model(FNPM)」という新組織が2016年に発足したが、GIINはこのイニシアチブについて、既存の組織を改善する代わりに新組織を立ち上げてもかえって混乱を招くだけだとしている。
ロスアトムの攻勢とは対照的に、フランスの原子力産業の柱であるフランス電力公社(EDF)やアレバはこのところ精彩を欠いている。フランスは世界に冠たる原子力大国だが、東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、福島第一原発事故)以降、フランスの原子力発電部門も深刻な危機に直面している。この危機をどのような形で乗り越えるにせよ、数年前と比べて状況が様変わりしてしまったことは否定できない。
原子力は民生部門に限っても、フランスの発電能力の75%を担う戦略的産業であるだけに、フランスでは国がそのビジネスモデルを決定してきた。原子力発電は、原子炉を中心とする発電設備の製造、核燃料サイクル事業、原子力発電所の運転の3分野に大別できる。このうち原子炉と核燃料については、2000年代初めに原子炉メーカーのフラマトムと核燃料メーカーのコジェマを統合して創設されたアレバが担当し、原子力発電所を運転するEDFと二人三脚でフランスの原子力産業を発展させるという仕組みが国の肝いりで整えられた。アレバもEDFも国が資本の過半数を握る企業であり、EDFはフランス国内の全ての原子力発電所を運営するなど、日本の電力会社とは置かれた状況が異なっている。
国の管理下でアレバ、EDF両社が協力し合えば強力な「原子力部門のフランス代表チーム」が成立し、国外への輸出にも拍車が掛かるというのが期待されていた構図だった。具体的には、アレバが開発した第3世代プラス原子炉「EPR(欧州加圧水型原子炉)」がフランスの原子力産業の将来を保障してくれるはずだった。
しかし現実には、アレバとEDFは原子力産業の主導権を争う競合関係に陥ってしまった。特に2009年から2014年にかけてEDFの最高経営責任者(CEO)を務めたアンリ・プログリオ氏は、EDFこそがフランスの原子力部門の盟主となるべきとの方針を掲げて、これに対抗するアレバのアンヌ・ロベルジョンCEO(当時)としのぎを削り、両社の関係は悪化した。アレバの側も、EDFとは別途に独力で原子力発電所を建設する能力を証明する狙いから、フィンランドのオルキルオト原子力発電所でEPRの建設に着手しているが、計画には大幅な遅れが生じている。
2本柱であるEDFとアレバの関係がぎくしゃくしていた中で、事業の分割が決定。アレバは2014年に48億ユーロ、2015年に20億ユーロの赤字をそれぞれ計上し、2015年末時点で負債が63億ユーロに達した。国は窮余の策として、同社の事業を原子炉設計・製造部門のアレバNPと核燃料サイクル事業に分割し、アレバNPをEDFに譲渡することを決めた。これはフラマトムとコジェマの統合を白紙に戻すことに等しい。
逆にEDFはついに原子炉の設計・製造事業を自社に取り込み、垂直統合による総合的な原子力事業者としての地歩を固めることになる。もちろん核燃料を外部から購入する必要はあるが、売り手はアレバに限定されているわけではなく、調達先を選択できるだけに、サプライヤーとしてのアレバに対する優位は明らかだ。プログリオ氏の夢が、ある意味では実現したことになる。ただし「原子力部門のフランス代表チーム」全体の弱体化という大きな犠牲を払ってのことではあるが。
アレバはアフリカにウラン鉱の資産を保有するカナダ籍企業ウラミンを18億ユーロと高値で買収したが、数年内にこれらの鉱山はいずれも実質的に開発不可能なことが判明。また、新世代原子炉EPRの開発でも厳しい状況にある。EPRは現在、フランス(フラマンビル原子力発電所)、フィンランド、中国で建設中だが、準備が不十分なまま建設に着手したとの見方もある。比較的順調に進捗しているのは中国の計画のみで、フランスとフィンランドでは完成が遅れに遅れ、費用も膨張する一方である。
EPRは大型で作りも複雑なことが建設の遅れの一因とみられる。輸出の目玉となるはずだったが、まだ実際には稼働したことがなく、将来的に稼働できるかどうかも確かではないEPRの売れ行きはさっぱりであり、フランスでも、EPRの改良型を開発せよと唱える声は強い。しかも時代は費用のかさむEPRのような大型原子炉よりも、むしろ比較的安価で建設も簡単な中型の原子炉を求める方向に動いており、EPRは稼働開始前に「過去の遺物」になってしまうリスクもあるとの見方もある。
2011年の福島第一原発事故はアレバにとっても追い打ちとなった。事故後に日本の原子力発電所はほぼ全面的に停止して核燃料の需要が激減し、ウラン価格も暴落した。新原子炉の需要も減退した。ローベルジョン氏は、アレバの苦境の主因は福島第一原発事故にあるとしているが、必ずしも間違ってはいない。第一、ウラン価格の低迷は、今後核燃料事業に特化する新生アレバの将来にとっても不安材料である。
福島第一原発事故のもう一つの影響は、世界的に原子力発電所の安全性規制が大幅に強化されたことで、これはEDFの財務にも大きな負担をもたらした。折しもフランス国内の原子炉の多くは当初に定められた40年の運転期限に達しつつある。EDFは期限を50年から60年に延長することを望んでいるが、そのためには大規模な改修による安全性の強化が必要となる。福島第一原発事故の影響により要求される安全性の水準が引き上げられたことで、EDFは巨額の支出を強いられつつある。運転年数延長に向けては、原子力発電所の大型部品が交換される他、福島第一原発事故後に策定された安全基準を取り入れた安全性の改善を目指した改修が行われるため、2014~2025年にかけて年間平均で42億ユーロ、総額では510億ユーロの投資が予定されている。このような出費はそれ自体が財務に重くのしかかる上に、原子力発電による電力価格を押し上げ、その競争力を低下させることになる。
しかも、世界のエネルギー市場では、米国のシェールガス革命や再生可能エネルギーの発展も手伝って、原油安が発生し、電力価格を含むエネルギー価格の全面的な低下が続いている。そのためEDFは減収のリスクに直面しつつ、かつてない規模の投資を行うという厳しい局面に立たされている。
こうした難局に際して、フランス政府の原子力発電に関する方針がはっきりしないことも、EDFの事業見通しを悪化させている。現政権は2025年までに電源構成に占める原子力の割合を50%まで引き下げるという目標を設定しているものの、その実現に向けた具体的政策には消極的であり、2017年の大統領選挙で政権が交代すれば、原子力を縮小するという大方針自体が覆される可能性もある。原子力の将来を巡っては政権内でも立場の相違があるのが実情であり、オランド大統領が任期中に実現すると約束した国内最古のフェッセンハイム原子力発電所の閉鎖についても反対意見が根強くある。2017年の選挙前に実際に閉鎖される可能性はもはやない。
福島第一原発事故後にいち早く脱原発を決めたドイツとは異なり、フランスは原発への依存度が極端に高い。それだけに発電容量を現在の水準以下に維持しつつ、今後も原子炉を段階的に刷新していくという慎重論が優勢だが、フラマンビルのEPRが完成して無事に運転を開始しない限り、次の新設は考えられない。しかし、フラマンビルのEPRでは原子炉容器のふたの不具合が発見され、アレバが製造した他の一連の部品にも不具合がある可能性が判明して、先行きを占うのがいっそう難しい情勢となっている。
そうした中で、英国がヒンクリーポイント原子力発電所で原子炉を新設する計画をEDFに託し、EPR2基を注文する運びとなったことはEDFにもフランスの原子力産業にとっても久々の朗報だったが、これを巡ってはEDF内部に強い反対もあり、事態はまだ流動的だ。
この計画のコストは180億ポンドと見積もられ、フランス国内ですでに重い投資負担を抱えるEDFが、さらにこのような大規模投資を行うのは無謀だとの反対論が労働組合から出ている。反対論は経営陣の内部に広がった。アレバとは違う形でだが、EDFも大きな曲がり角に差し掛かっている。
(初出:MUFG BizBuddy 2016年7月)