フランスでは、9月に新学年が始まることもあり、数多くの業界にとって、夏休み明けが事実上の年度初めになる。テレビ業界でも9月が最大の番組改編期となり、視聴者離れなどテレビ各局が厳しい状況に直面する中での勝負の時期となる。以下、2015年秋のフランスのテレビ業界における話題とトレンドを幾つか検討してみよう。
「アプレンティス」の惨敗
2大民放の一角を担うM6は、2015年秋の新番組の目玉として「アプレンティス」をぶつけた。「アプレンティス」は米国で制作・放送されたリアリティー番組だ。ホスト役の会社における就職機会を参加者が争うという趣向のサバイバルチャレンジの一種で、日本でも放送されたことがある。本家の米国でホスト役を務めた不動産王のドナルド・トランプ氏が、今や2016年の米大統領選挙に向けた共和党候補指名争いのトップを走るほどの有名人となっていることは、あらためて言うまでもないだろう。
M6は2015年9月9日、午後9時からのプライムタイムの第1部と第2部に、1時間30分ずつの番組枠を組んで、初回と第2回分のエピソードを放映した。番組は、欧州におけるリアリティー番組の元祖として知られる「ビッグ・ブラザー」(フランス版は「ロフト・ストーリー」)を手掛けたことで有名なテレビ制作会社エンデモルが制作。M6は総力体制で番組宣伝を流した。しかし、ふたを開けてみると結果は散々で、視聴率(占拠率)はわずか4.6%、視聴者数は100万人程度と惨敗であった。これは、ライバルのTF1はおろか、国営フランス3の文化番組や、ドイツ、フランス文化チャンネル「アルテ」が放送した芸術映画などの裏番組にも及ばず、M6のプライムタイムでは、2010年以来で最低記録となった。
惨敗の理由は想像に難くない。まず「アプレンティス」は米国での初回放送(2004年)からかなり時間がたっている上、現在のフランスは失業率が高く(10%超)、失業者数も高止まりで改善が遅れているという状況も影響している。天然の素人のむちゃ振りを見て笑うというのがリアリティー番組の醍醐味(だいごみ)であるとすれば、自分の仕事の将来に不安を抱えている人々が、意地の悪い上司の下でポストを争奪するサバイバル物の番組を見たいと思うだろうか。それこそリアルに過ぎるのである。制作側は、雇用問題が国民の最大の関心事となる中であるからこそタイムリーだと考えたのかもしれないが、それが誤りだったのは視聴率が立証しているといえよう。
ニュース番組が主戦場に
2015年の新番組編成における主戦場の一つは、ニュース番組ではないだろうか。フランスでは、民放大手のTF1と国営フランス2が午後8時からのニュースで以前から競っている。後発の民放M6はこれより少し早く、午後7時45分からニュース番組を放送しているが、午後8時に重なる構成として緩やかに競合している。報道の見識と能力は局の看板として重要だが、それに加えて、プライムタイムの番組に視聴者を誘導する入り口としても機能しており、いわば戦略的な拠点でもある。
3社の力関係は、TF1が視聴率(占拠率)25.7%、平均視聴者数が630万人でトップ、フランス2が20.5%・490万人でこれに続き、M6が13.7%・310万人でこれを追う形になっている。この構図に大きな変化はないが、最近では、世の中全体の仕組みに動きがあり、隣同士で張り合っていればいいという状況ではなくなっている。
まず、テレビ業界の内側の変化として、地デジ化(アナログ放送から地上デジタル放送への移行)の影響が大きい。地デジ化は2000年代半ばに着手され、2011年に完全移行が実現した。フランスのテレビ放送は、かつてはTF1とM6の民放2局、有料局のカナルプリュス、国営のフランス2とフランス3、そして国営フランス5とドイツ、フランス文化チャンネル「アルテ」(同一のチャンネルを時間により分けて占有)という構成で、競争圧力が働かない体制だった。それが現在は地デジ化により、無料放送が24局という多チャンネル化が実現。大局的にはアナログ時代の大手優位は動かないが、分野によっては蚕食される状況も生じている。特に報道にその傾向が強く、地デジでは、カナルプリュス傘下のiテレと、新規参入のBFMTV(ネクストラジオTVグループ)という二つのニュース専門局が発足した。特に後者は、速報性とセンセーションを前面に打ち出した報道姿勢で人気を得ており、大手局のニュース番組も無視できない勢力となっている。
速報性に絡んでもう一つ見逃せないのが、テレビ業界外部の競合だろう。インターネット時代を迎え、ニュースを得る手段は格段に広がった。新聞社を含めてテレビ以外のメディアがインターネットで配信するニュースには、速報性の点で定時型のテレビのニュースは太刀打ちできない。また、若い世代を中心にソーシャルネットワーキングサービス(SNS)をニュースの収集源とする人も増えている。テレビのニュースは必ずしも見ないという人々をどのように視聴者として取り戻すかが、テレビの報道部門が直面する課題となっている。
こうした競合を念頭に、民放のTF1とM6はそれぞれ、2015年秋から似通ったマイナーチェンジを実施した。それぞれビジュアルを修正し、例えば、説明パネルがキャスターより手前に出て、立体的に表示が入れ替わるような方式が採用された。特派員と話をするような場面では、ビデオ会議風の映像となるように、キャスターと特派員を斜めのアングルから収めるといった工夫も導入されている。拡張現実風というか、タブレットのタッチパネルの操作などを意識したプレゼンテーションを志向し、イメージの若返りを図るのが狙いとみられ、テロップの出方までがそれらしくなっている。言われないと気が付かないような工夫といえばそれまでだが、新しい時代に乗り遅れまいとする意気込みは伝わってくる。また、ニュース解説的な側面を強調し、速報性で劣る分、ニュースに付加価値を付けて差異化を図ろうという狙いも透けて見える。
ここでのキーワードの一つである「若返り」を印象付ける事例もあった。TF1は2015年9月2日、週末の定時ニュース(昼および夜)を担当する女性キャスターのクレール・シャザル氏が近く、番組を離れると発表。シャザル氏は58歳で、1991年以来、同局でニュースキャスターを務め、25年近くにわたり局の顔として親しまれてきた。TF1は後任として、休暇中の代役をこれまでも務めてきた38歳のアンヌクレール・クドリ氏(女性)を起用したが、シャザル氏のようなスター性には乏しい地味な人事といえる。これを見る限り、TF1は「若返り」もさることながら、これまでのパーソナリティーを主役とした報道の在り方を、ニュースを主役とする方向に修正することを選んだという印象も強い。
カナルプリュスとボロレ氏
しかし、2015年秋の新番組編成における最大の話題は、やはりカナルプリュス問題であろうか。カナルプリュスは1984年設立の、有料テレビ局の草分けにして最大手である。有料テレビ局ではあるが、アナログ放送時代に総合局として発足した関係上、無料放送の時間帯が設定され、独自の番組作りを開局以来のカラーとしてきた。ニュース番組仕立てで政治家や著名人をやゆする人形劇「ギニョール」が代表作として知られ、無料時間帯で放送されるこの番組などを通じて、独立不羈の個性的なテレビ局という位置付けをアピールしてきた。
ところが、実業家のバンサン・ボロレ氏がカナルプリュスの親会社ビベンディを率いることになり、風向きが大きく変わった。ボロレ氏は複合企業ボロレ・グループを築いた実業家で、同社は電気自動車やバッテリー製造などを含む産業部門、輸送・物流事業からメディアなどに至る多角化企業に成長している。ボロレ氏は最近、ビベンディの再編に乗じて同社の筆頭株主となり、同社の監査役会会長に就任。これに続いて2015年夏には、自らカナルプリュス・グループの監査役会会長を兼務することを決め、積極的に経営に関与する姿勢を示した。以来、ボロレ・グループの経営陣を大幅に入れ替える新人事を断行、これはグループ傘下のニュース専門局iテレにまで及んでおり、腹心を要所に据えて、実権を完全に掌握した感がある。
ボロレ氏には、まず、ビベンディの枠で音楽ビジネス(ビベンディ・ユニバーサル)やエンターテインメント事業(オランピア劇場)と放送を連携させた事業展開を進めるという野望がある。さらに、輸送・物流事業を中心として、ボロレ・グループが優先市場として位置付けるアフリカで、カナルプリュスに発展戦略の一翼を担わせるという思惑もある。カナルプリュスのアフリカ事業は既に40カ国をカバーしており、同社の成長の柱の一つにもなっている。アフリカでも音楽・エンターテインメント事業を組み合わせて展開し、成長が見込めるアフリカの消費市場に参入する方針で、カナルプリュスをそのための足場として重視しているようである。
(初出:MUFG BizBuddy 2015年9月)