仏女優ジュディット・ゴドレーシュさんがブノワ・ジャコ監督とジャック・ドワイヨン監督による心理的支配や性暴力を告発して波紋を投じている。ジャコ監督とは14才のときに熱烈な恋愛関係に陥って6年にもわたって同棲していたのだから、それから30年以上を経て、いまさらあれは一方的な精神的支配だったと非難されても監督の側も納得できないかも知れないが、両監督ともにほかの複数の女優からセクハラで告発されているから問題行為はあったのだろうと想像される。当時の風潮では許されたことが今になって世間から指弾されるのは、本人からすれば不当に思えるだろうが、時代の流れというほかない。また、著名精神分析家・文筆家のジェラール・ミレール氏も40人以上の女性からセクハラで告発されている。同氏はラカン派精神分析の総帥ジャックアラン・ミレール氏の弟で、知名度では兄をしのぎ、文筆家としては処女作をロラン・バルトに激賞されてデビュー、パリ第8大学で精神分析を教える一方で、テレビやラジオのトークショーなどにレギュラー出演して、才気煥発なコメンテーターとして人気を博し、政治的には熱心な左派支持者として見解を発信してきた。若い女性に目がなく、トークショーなどの観客の間から「23才未満」の「獲物を漁る」常習犯だったことは以前から有名だったらしいが、告発した女性たちによると、同氏はなんと催眠術を悪用して女性を朦朧とさせたうえで、服を脱がせ、体に触っていたという。名乗り出た被害者の中には当時15才だったという女性もいる。精神分析の公式の歴史では、フロイトがフランス留学で学んだ催眠療法をあえて放棄して、患者に自由に語らせる独自の自由連想法を編み出したことが精神分析の誕生だといい、催眠療法はタブー視されてきた。ただし、ミレール兄弟が若い頃から催眠術に強い関心を寄せていたことはラカン派界隈では良く知られている。ミレール氏は潔白を主張しているが、治療目的ならともかく、女性を手籠めにするために催眠術を用いていたなら、由々しき事態だ。筆者は学生時代に同氏の講義を2年ほど聞いた。また、たまたま同氏の自宅の近所に10年ほど住んでいたことがあり、通りで何度かすれ違った。それなりに敬意もいだいていただけに、今回の展開はちょっとがっかりである(精神分析家のモラル欠如はラカン御大自身が患者女性を愛人にするタブーをおかしていたことでも明らかで、なんでもありの世界だけど)。