ウクライナ戦争のフランス企業・業界への個別的影響

投稿日: カテゴリー: フランス産業

2021年2月24日に始まった露によるウクライナ侵攻は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992~1995年)のような内戦を除くと、第二次世界対戦後初の欧州での本格的戦争であり、その当事者が核保有国かつ国連安保理常任理事国であることから、地政学上の大事件だ。その影響は、経済的にも巨大なものとなる恐れがあるが、ここでは、仏企業・業界に関する直接的な個別の影響に的を絞って考察する。

2021年2月24日に始まった露によるウクライナ侵攻は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992~1995年)のような内戦を除くと、第二次世界対戦後初の欧州での本格的戦争であり、その当事者が核保有国でありつつ国連安保理常任理事国であることから、地政学上の大事件だ。その影響は、インフレ亢進や露産天然ガス供給停止による独化学産業の苦境、ひいては、独製化学製品の供給急減による欧州産業全体のサプライチェーンの混乱など、経済的にも巨大なものとなる恐れがある。しかしながら、そのような影響の規模を現時点で見通すことは筆者の手に余るので、ここでは、ウクライナ戦争が仏企業や業界に直接与えた、あるいは、与え得ると予想される影響に絞って考察を進めることにする。

まず、ウクライナ戦争から直接的に打撃を受けたケースだが、当然ながら、侵攻前にロシアで事業を展開していた企業が挙げられる。そのような企業の代表例としては、自動車のルノーがある。ルノーは、日産と共に、2014年ロシア子会社アフトワズの経営権を取得したが、2022年5月16日に、アフトワズへの持株67.69%を露産業防衛省傘下の中央自動車エンジン科学研究所(NAMI)へと、1ルーブルという形ばかりの価格で譲渡することを余儀なくされた。ルノーは、アフトワズへの出資分について向こう6年間の買い戻しオプションを持つとされているが、先行きは不確かだ。買い戻しができない場合、ルノーは、アフトワズ買収費用だけでなく、アフトワズ工場への巨額の近代化投資と露市場へのアクセスも失うと見られ、その痛手は大きい。

ソシエテ・ジェネラル銀行も、2022年4月11日に、子会社のロスバンク及び保険子会社への持株を露投資ファンドのInterros Capitalへと売却したと発表した。同行は、仏銀行業界の中でも、際立って露へのエクスポジャーが大きかった。

仏ミュリエ一族傘下の食品小売大手オーシャン、DIY製品チェーンのルロワ・メルラン、大型スポーツ用品店チェーンのデカトロンも、露で事業を展開していたが、それぞれで対応が分かれた。これらのグループは、戦争勃発の1カ月後になっても、露事業を停止しないとしていたが、デカトロンは結局3月29日になって、事業を一時停止すると発表した。

一方、オーシャンとルロワ・メルランは、現在も事業を続けている。オーシャンは、露に311店舗を構え、2021年に305億ユーロの売上(総売上の10%)を記録していた。ルロワ・メルランの露売上は、2020年に42億ユーロと総売上の18%に達しており、同社にとって露は仏に次ぐ第二の市場だ。オーシャンとルロワ・メルランは、ルノーと共に、ウクライナのゼレンスキー大統領の仏国会でのオンライン演説(2022年3月23日)において、事業を停止するよう名指しされた。そのため、仏国内でも事業継続に非難の声が上がったが、露事業の規模の大きさから見て、多少のイメージ低下はやむを得ないという判断に傾いたものと見られる。業界関係者は、オーシャンとルロワ・メルランに関して、両社の事業が軍事に関係していないことから、仏国民の一部からのボイコットはあっても、全面的なものとはならない上、永続的なものとはならず、イメージ低下による影響は、最大でも「数カ月間の売上10-15%減」に留まると見ている。

一方、仏石油トタルエナジーズは2022年3月1日に、露における新規プロジェクトへの投資を取りやめると発表したのに続き、3月22日には、露産原油及び石油精製品の購入を2022年年内に停止すると予告する一方で、露での天然ガス事業(「アークティックLNG2」への10%出資分、露ガス大手ノバテクへの19.4%出資分、「ヤマルLNG」への20%出資分)は維持する意向を明らかにしていた。しかし4月27日になって、「アークティックLNG2」に関する41億ドルの減損処理を実施すると共に、露事業からの撤退を示唆した。

ちょっと意外なところでは、仏エネルギー大手EDFが、ウクライナ戦争の悪影響の直撃を受けた。同社の場合、電力生産の多くがコストの小さい原子力によるものであることから、一見したところエネルギー価格急騰のプラスの影響を受けそうだ。しかしながら、事情はまったく異なる。というのは、まず、EDFの一般ユーザーと中小企業ユーザーの多くには政府が認可する規制料金が適用されていることから、電力市場での価格上昇が直接反映されることがないからだ。

次いで、EDFは、同社の原子力由来電力の一部を競合各社に固定価格で売却することを義務付けられているが、仏政府は、電力価格の高騰を抑制するため、EDFに対し、競合各社に提供する原子力由来電力量を引き上げた上、安価で提供するよう求めた。ところが、EDFは、2022年の提供分を既に非常に低い価格で売却済みだった。従って、EDFは、他の事業者に提供する電力を高い市場価格で購入せざるを得ず、その差額を自ら負担することを強いられた。それによる損失は40億ユーロに上る可能性があるとされている。EDFは、先に国有化されることが決まったが、国有化には、上記のような事情も働いていると見られる。

以上、ウクライナ戦争の直接的悪影響を被った仏企業の例を見てきたが、逆にプラスの影響を受けた、あるいは受けると見られる企業・業界もある。こちらの方は、戦争で儲かっているとはなかなか自ら言いにくいので、あまりニュースになることはなく目に見えにくいが、その最も確実な例は、当然のことながら軍事産業だ。

筆者は、石森章太郎氏(1986年に石ノ森章太郎に改名)の『サイボーグ009』を読んで育った世代なので、プーチン露大統領が、同作に登場する「黒い幽霊団(ブラック・ゴースト)」の一員に見えて仕方ないのだが、今回の戦争に多くの武器弾薬が投入され、そして使用・破壊されており、その分だけ、双方の軍需産業が潤うという図式になっている。例えば、今回の戦争で、ウクライナ軍に対して米から供与され、露戦車・装甲車に対し多大の損害を与えたジャベリン・ミサイルは1セットで3千万円、スティンガー・ミサイルも1セットで450万円。戦車1台は、旧式のものか最新式のものかで価格が大幅に変わるが、旧型(改良型を含め)なら1億~1億数千万円、新型なら4億~4億数千万円に達するという。ウクライナ軍のジャベリンで露戦車1台が破壊される度に、それだけの富が消えていくわけだ。ジャベリンもスティンガーも仏製ではないが、仏も、カエサル155mm自走榴弾砲12門など、ウクライナへの武器供与を行っている。仏軍は、ウクライナに供与した分をいずれ補充せねばならず、それらの武器弾薬メーカーは潤うことだろう。

加えて、今回の戦争では、トルコのバイカル社製の軍用ドローン「バイラクタルTB2」が戦果を上げた。さらに安価な民生用ドローンも改造を施せば、小型爆弾を搭載することにより軍用に転用できることが再確認された。民生用ドローンは、偵察や監視にも利用できる。従って今後は、たとえ民生用であろうと、ドローン・メーカーへの注目度がさらに高くなる。既に2021年には、仏パロット社が、仏DGA(兵器総局)への軍事用小型ドローン納入契約を獲得しているが、今後も同様の契約が増えると見られる。

このようなドローンの利用は、戦争の形態そのものが変化しつつあることを如実に示している。すなわち、ロボット戦争時代の到来である。とりわけ、ディープラーニングやマシンラーニングなどにより高度なAIの開発が可能となったことで、いずれはロボット兵士が実戦に投じられることは確実だろう。その際には、大量のさまざまなセンサーが使用され、センサーや電子部品の需要が一挙に高まると思われる。ただし、ロボット兵士の開発・製造には莫大な費用がかかるために、より安価な遠隔操作の無人兵器の開発も並行して進められると見られる。その際に鍵を握るのは、データ通信技術だ。

ウクライナ軍は、米スペースXが運用している低軌道衛星コンステレーションを用いた衛星インターネットサービス「スターリンク(Starlink)」を利用している。戦争下でも安全な通信が確保されている上、スターリンクを経由した通信を攻撃にも活用しているが、露軍側は、特に緒戦で通信手段の問題に遭遇したようで、露兵士の通話が傍受されてしまうケースが見受けられた。このような事情と、「欧州衛星管理のユーテルサット(本社所在地はパリ、仏政府系金融機関が株式の20%を所有する筆頭株主)による英低軌道衛星コンステレーションのワンウェブ(本社所在地は米国)買収」という2022年7月26日のニュースとの間に関連性があると考えることは不可能ではなかろう。ワンウェブは資金調達に失敗し、2020年3月に経営破綻に追い込まれたが、同年7月には英政府及びインドのバーティ・グローバルにより救済されたという経緯がある。

これらの事情から見て、今回の買収には、有事の際の利用も視野に入れて、自前の低軌道衛星コンステレーション確保を目指した英・仏両国政府の思惑が働いているのではないかと考えられる。

低軌道衛星コンステレーションは、全世界をカバーすることから、とりわけさまざまなビークル(車両や飛行機、船舶、ドローンななど)の自動運転の実現に寄与すると見られているが、これと、無人兵器とを組み合わせれば、世界中で、無人兵器による攻撃が可能となる。有人兵器の場合でも、情報を世界中で瞬時に伝えることができる低軌道衛星コンステレーションの有用性は明らかだろう。なお、複数のドローンの管制システムの開発は既に進められており、日本ではKDDIが手がけている。フランスでも、通信事業者が開発を進めていると見られ、民生用であれ、軍事用であれ、今後注目されることだろう。

前段で戦争の形態が変わりつつあると書いたが、それに関して、忘れてならないのは、サイバーセキュリティである。今回の戦争では、アノニマス(国際的ハッカー集団)が露に対するサイバー攻撃を仕掛けたのに対し、ロシアも、ウクライナの通信網を遮断するため、部隊によりケーブルを破損させる、ウクライナ国会議員の携帯電話を通信不能とする、インターネット・エクスチェンジ・ポイント(IXP)を狙う、フェイクニュースを流す、などの攻撃を仕掛けた。他にも表面化していないだけで、双方とも熾烈なサイバー戦争を行っていると思われる。

露からのサイバー攻撃は欧米諸国だけでなく、その他の国々に対しても行われていると考えるのが妥当であり、これに対する対処がフランスでも緊急事となっている。このような事情から、仏国内でのサイバーセキュリティ企業(防衛エレクトロニクス大手のタレスや世界有数の携帯電話事業者オレンジのサイバーセキュリティ部門)の比重は、今後も増す一方だと思われる。上述の低軌道衛星コンステレーションにしても、サイバーセキュリティが確保されていることが大前提だ。

ウクライナ戦争のプラスの影響を受けた仏事業者としては、EDFを除いた、エネルギー業者も挙げられる。トタルエナジーズがウクライナ戦争の影響を受けたと書いたが、同社の2022年4-6月期純利益は、原油高を背景に57億ドルに達し、前年同期比で2.6倍増となった。同社は、国際的な対露制裁を理由に、露ガス大手ノバテクへの出資分に関連して35億ドルの特別引当金を計上したのだが、調整後純利益は98億ドルとなり、こちらも2.8倍増加しており、仏国内では儲けすぎとの批判も大きい。このように見てみると、トタルエナジーズはどちらかといえば、今回の戦争の「勝ち組」に入るだろう。

ところで仏は農業大国であり、ウクライナ戦争による世界的な食糧危機により穀物価格が急騰したことから、農業従事者も「勝ち組」かと思われるが、化学肥料生産に必要な天然ガスの供給不足を懸念して、化学肥料価格が高騰しているほか、農機用の燃料価格の高騰も続くなど、諸経費の上昇により経営が圧迫されており、今回の戦争が本当にプラスになるかと言われると疑問ではある。

最後に、いつになるかは分からないが、いずれはプラスの影響を受けると思われる仏業界を挙げたい。土木建設業界である。今回の戦争がいつどのような形で終結するかは、現時点では見通しがつかないが、いずれはウクライナを復興させる必要がある。ウクライナの復興費用は、2022年7月4日~5日にスイスで開催されたウクライナ復興会議において100兆円超えと推定されている。ウクライナのシュミハリ首相は、この復興費用をロシアの富裕層が負担すべきだと主張しているが、現時点では、誰が負担することになるかは分からない。しかしながら、ロシアがウクライナを制圧するという、現状では、ほぼありえそうにない結末を迎えない限りにおいて、欧米諸国などのウクライナ支援国が少なくとも一部を援助することになる可能性は大きい。その場合、ウクライナの土木建設業者に加えて、支援国の業者が復興事業の少なくとも一部を受注することになるだろう。特にフランスは、中国勢を除くと、世界シェア第2位のブイグや、同3位のヴァンシ、同5位のエファージュを擁しており、これらの企業は、いかにして、また、いつ今回の戦争が終結するか、注視していることだろう。

(初出:MUFG BizBuddy 2022年8月)