新型コロナウイルス感染症による累計死者数が20万人を超えたアフリカでは、ワクチンの2回目の接種を済ませた人の割合が人口の3%にとどまっている。接種率が世界の他の地域と比べて極端に低いのは、ワクチンの調達を外部に依存しているために必要な量のワクチンを確保できないためだ。そうしたなか、複数の国が、ワクチンの国内生産に取り組み始めた。
2019年末に中国を起点に発した新型コロナウイルス感染症は、瞬く間に世界中を覆い尽くした。世界の他の地域に比べると感染は比較的抑えられているとはいえ、アフリカもその例外ではなく、2021年の夏には南アフリカを中心に第3波に襲われた。世界保健機関(WHO)アフリカ地域事務局によると、9月13日から19日までにアフリカ(アルジェリアを除く北アフリカ、ソマリアなど東アフリカの一部諸国は東地中海地域事務局の管轄のため対象外)で新たに確認された患者数は8万8859人。全体的に見て新規患者数は減少傾向にあり、第3波は徐々に収束に向かっている。
それでも、現在も1時間に26人のアフリカ人が新型コロナウイルス感染症で死亡しており、9月初めには累計死者数が20万人を超えた。アフリカでも感染力の強いデルタ株が主流になりつつあり、新型コロナウイルス感染症が発生している47カ国中31カ国でデルタ株が確認されている(アルファ株とベータ株はそれぞれ44カ国と39カ国)。南部アフリカのボツワナ、マラウイ、南アフリカではデルタ株が70%を占め、その割合はジンバブエでは90%に至っている。
アフリカ大陸で最も累計患者数が多いのは南アフリカ(288万人)で、これに北アフリカのモロッコとチュニジア(それぞれ90万人と69万人)、エチオピア(33万人)、リビア(32万人)、エジプト(29万人)、ケニア(24万人)、ザンビア(20万人)、ナイジェリア(20万人)、アルジェリア(20万人)が続く。南アフリカの状況は群を抜いて深刻だ。
こうしたなか、アフリカで2回目のワクチン接種を済ませた人の割合はわずか3%にすぎず、人口の60%以上がワクチン接種を済ませている欧米の先進国や中国などのワクチン生産国との差が目立つ。アフリカ大陸でワクチン接種率が最も高いのは、2021年初頭に他に先駆けてワクチン接種キャンペーンを開始したモロッコ(49.2%)。これにチュニジア(28.7%)、ジンバブエ(14.7%)、南アフリカ(14.3%)、ルワンダ(11.41%)と続くが、モロッコ以外は世界平均を下回っている。世界のワクチン接種率ランキングの下位30カ国のうち23カ国がアフリカ諸国であることからも、世界の他の地域と比べてアフリカのワクチン接種が極端に遅れていることが分かる。
アフリカ諸国は、ワクチン生産者からの直接買い付け、二国間のワクチン寄付、WHOの途上国向けワクチン提供メカニズム「COVAX(COVID-19 Vaccine Global Access)」を通じてワクチンを調達しており、アフリカ連合(AU)による加盟国へのワクチン分配も行われている。しかし、WHOとAUは、生産国による輸出制限や生産者が一部政府との間で交わした合意が理由で、十分な量のワクチンを確保できずにおり、アフリカ諸国は、先進国で余剰となったワクチンの提供にますます依存するようになっている。国連児童基金(UNICEF)によると、先進国がアフリカに提供を約束したワクチン7750万回分のうち、約4分の3に相当する5700万回分がこれまでに提供済みとなっている。ちなみに、欧米諸国によるワクチンの提供は主としてCOVAXを通じて行われているが、アフリカにおける支援・投資の主要なアクターに成長した中国は、二国間合意を通じて各国にワクチンを提供している。
アフリカは世界の他の地域と比べると新型コロナウイルス感染症の拡大を比較的免れてきたとはいえ、先進国が国民へのワクチン接種を進めて危機からの脱却を図りつつあるのに対して、ワクチン接種が遅々として進まずに危機が長引き、衛生面だけでなく、経済的な影響も拡大する恐れがある。英エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによると、ワクチン接種の遅れが原因で失われるGDPの予測値は、北米と欧州では2022年以降ゼロ、アジア太平洋と中東・北アフリカでも1.3%と1.4%(2022年から2025年までの平均)となっているのに対して、サブサハラアフリカでは2022年の1.7%から2025年の3.5%にまで拡大し、期間中の平均で2.9%のGDPが失われる予測となっている。
こうした状況の下、外からのワクチン調達量を増やす試みと並行して、一部のアフリカ諸国は、生産国への依存から少しでも脱するために自前でワクチンを生産しようと動き始めた。2021年9月半ば現在、エジプトと南アフリカでワクチンの生産が行われており、アルジェリアとモロッコ、セネガルでも計画が進められている。
アフリカ大陸で他に先駆けてワクチン生産に着手したエジプトは、2021年6月29日に中国シノバック製ワクチンの生産を開始した。国内企業のVacsera(Egyptian Holding Company for Biological Products and Vaccines)がシノバックから納入されたワクチンの充填・梱包を行っており、生産開始から6カ月間で8000万回分の生産が予定されている。年末までに4000万人にワクチンを接種するのが目標。エジプトはこの他にロシアのスプートニクVの生産も予定しており、また報道によると、アストラゼネカとの間でもワクチン生産に関する交渉を開始した。
エジプトに次いで新型コロナワクチンの生産を開始した南アフリカの製薬大手アスペンは、米ジョンソン・エンド・ジョンソンとの提携を通じて、ポートエリザベスに新たに設置した工場で同グループ傘下ヤンセン製新型コロナワクチンの準備・仕上げ・充填・梱包を行っている。2021年7月26日に最初のワクチンを出荷した。この工場は2022年末までに6億回分のワクチンを生産する能力を有しているが、ワクチン生産をさらに増強するための可能性も積極的に探っているという。アフリカ諸国にワクチンを供給するのが目的であり、アスペンはこのプロジェクトのために、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)と仏開発庁(AFD)子会社のプロパルコ、独復興金融公庫(KfW)グループのドイツ投資開発会社(DEG)、米国際開発金融公社(DFC)から総額6億ユーロの融資を取り付けている。
同じく南アフリカでは、バイオバック研究所が2022年初頭から米ファイザー/独ビオンテック製のワクチン生産の一部工程を担当するとの発表が2021年7月21日に行われた。アフリカ諸国へのワクチン供給を目的に年間1億回分のワクチンを生産するための趣意書が調印された。ファイザーとビオンテック両社の欧州工場で生産されたワクチンをバイオバックのケープタウンの工場で充填する計画で、技術移転と必要な設備の設置が即時に開始される。ファイザー/ビオンテック製新型コロナワクチンがアフリカの工場から初めて出荷されることになり、出荷されるワクチンは、AU加盟55カ国に限定して供給される。
他方、アフリカでは南アフリカに次いで感染者数が多く、最も早く新型コロナワクチンの接種キャンペーンを開始したモロッコも、国内でのワクチン生産に意欲を示している。中国シノファーム開発の新型コロナワクチンを製造すべく、国王モハメッド6世臨席の下で7月5日、協力覚書を含む一連の合意が調印された。スウェーデンのレシファームが製造施設を設置し、モロッコのソテマが充填設備を提供する。製造開始の日程は発表されていないが、当初は月間500万回分のワクチンを生産し、中期的に生産量を引き上げる計画となっている。投資額は5億ドルに上る。国内のワクチン製造能力を増強して自給自足を促し、モロッコをアフリカと世界におけるバイオテクノロジーの主要拠点とすることが目標だ。
また、ワクチン接種率が10%に満たないアルジェリアでは2021年7月半ばから感染が拡大する傾向にあったが、ワクチン調達の困難に遭遇するなか、政府は7月25日に中国シノバック製新型コロナワクチンの国内生産計画を発表した。国内製薬大手のサイダルがコンスタンティーヌの工場でまず充填・梱包を行い、9月29日に出荷を開始する。現状で月産800万回分の生産が可能で、政府が計画する年間6500万回分の生産計画にも対応できるが、生産体制の増強などを通じて生産量を年間2億回分にまで引き上げて内需を満たすと同時にアフリカ諸国への輸出を実現することも可能だという。政府は今秋に感染が再拡大する可能性を警戒しており、年内に国民の70%のワクチン接種を完了することを望んでいる。
他方、アルジェリアはロシアとの間でもワクチン生産にかかる技術移転を交渉し、サイダルのコンスタンティーヌ工場で9月からロシアのスプートニクVが生産されるとの報道もあったが、こちらの計画は頓挫した模様。
今のところ、アフリカでの新型コロナワクチン生産は、開発元から供給を受けたワクチン材料を充填・梱包して出荷する段階にとどまっており、ワクチンそのものを生産するには至っていない。南アフリカのラマポーザ大統領は、新興国における新型コロナワクチンの生産を後押しすべく、開発元の製薬会社が特許を一時停止して生産技術を共有することを強く求めている。製薬会社側はこれに関して、「特許の停止など知的財産権を弱体化することはイノベーションの阻害につながる」として消極的だが、生産技術の移転に向けた動きがないわけではない。
ラマポーザ大統領とWHOが2021年6月21日に発表した、新型コロナワクチンの国内生産に向けたノウハウを強化するための「技術移転センター」設置プロジェクトもそのひとつ。他の技術を利用したワクチンよりも新たな変異株への適応が容易と見られるmRNAワクチンを南アフリカ国内で開発・生産するのが目的だ。
WHOはこれまでにもインフルエンザワクチンの世界生産を促進するために同様の技術移転センターを設置した実績がある。このプロジェクトでは、WHOとパートナーの製薬会社がワクチンの生産と品質管理に関するノウハウと知的財産権を持ち寄って技術の普及を後押しし、南アフリカのバイオテクノロジー企業であるバイオバック研究所とアフリゲン・バイオロジックス&ワクチンがそれぞれ開発と生産を担当。アフリカ疾病予防管理センターの技術支援を得て大学ネットワークがmRNAに関する知見を提供することになっている。
WHOのスミヤ・スワミナサン主任研究員によると、すでに治験が完了し、認可を得ているmRNA技術を利用した場合、向こう9~12カ月でワクチン生産が可能になるが、新たなmRNA技術を利用する場合は臨床検査実施が必要となるため、もっと時間がかかるという。世界で利用されているmRNAワクチンにはファイザー/ビオンテック製やモデルナ製のワクチンがある。
そのビオンテックは2021年8月27日、ベルリンで開催された「コンパクト・ウィズ・アフリカ」サミットの閉会式において、アフリカ大陸へmRNAワクチンを安定供給するために製造拠点を設置する計画を発表した。アフリカ疾病予防管理センターの勧告を受けての決定で、2022年を目処にセネガルとルワンダにmRNA技術を用いたワクチンの製造拠点を設置する方向で事業可能性評価を行うことを決めた。
ビオンテックは米ファイザーと協力して新型コロナウイルス感染症のmRNAワクチンを開発していることで知られるが、2021年6月末にはmRNA技術を用いてマラリアのワクチンを開発し、その臨床試験を2022年からアフリカで開始する方針を表明済みだ。また、これとは別に、セネガルでは新型コロナウイルス感染症とその他の風土病に対するワクチン生産工場の設置も決まっている。2021年中に工場の建設を開始し、2022年末までに2500万回分のワクチンを生産する予定。このダカール・パスツール研究所によるワクチン生産プロジェクトには2億ユーロの投資が必要とされるが、セネガル政府と並んで、欧州委員会、欧州投資銀行(EIB)、世界銀行、米国、フランス、ドイツ、ベルギーなどのドナーが資金を拠出することになっている。
このように、ごく一部とはいえ、アフリカ諸国の間では新型コロナウイルスの国内生産に向けた動きが活発化している。アフリカにとって当面の課題は、新型コロナワクチンの生産体制を増強し、ワクチン調達の一助として危機を乗り切ることにあるが、新型コロナワクチンに限らず、アフリカで投与されるワクチンのうち現地で製造されるワクチンがわずか1%にすぎない現状を考慮すると、中・長期的には、これをバネに他の疾病に関するワクチンの生産拡大に取り組むことが期待される。AUでは2040年を目処にワクチンの域内調達率を60%に引き上げる目標を掲げている。
※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。
(初出:MUFG BizBuddy 2021年9月)