ファーウェイ問題が影を落とすフランスでの5G敷設

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスでは、5G周波数割り当ての入札に関する仕様書が発表され、2020年春にも入札が実施される予定だが、ここに来て、米中貿易摩擦の焦点の一つとなったファーウェイ製機器の排除の是非が影を落としている。政府は、ファーウェイ製機器を条件付きで許可する方針に傾いているが、米政府の強硬な姿勢を受け、今後の見通しは不透明なものとなりつつある。

フランスでは、次世代通信規格である第5世代移動通信システム(5G)の周波数割り当てに関する入札仕様書が2019年11月に発表され、2020年春にも入札が実施される予定だ。フランスに先駆けて5G周波数入札を実施したドイツとイタリアで落札価格が高騰したことを受け、入札仕様書策定に当たっては免許料がどの程度となるかが焦点となっていたが、フランス電子通信・郵便規制機関(ARCEP)が入札価格を抑制する方針を打ち出し、フランス政府も、大筋でARCEPの提案に従ったことから、落札価格は比較的妥当なものに落ち着く可能性が高くなっている。

フランス政府が発表した仕様書によると、割り当てられる周波数帯は3.4-3.8GHzで、周波数帯域は合わせて310MHz。まず、フランスの4事業者(オレンジ、SFR、ブイグ・テレコム、フリー・モバイル)に50MHzの周波数帯域幅が3億5000万ユーロで割り当てられ、残りについては10MHzのロット毎に7000万ユーロを最低価格として、競争入札にかけられる。ただし、各事業者が取得できる最大の周波数帯域幅は100MHzに制限される。これによって国にもたらされる最低収入は、21億7000万ユーロで、ARCEPのソリアノ総裁が示していた最大で15億ユーロという見通しを上回るものとなっている。

また各事業者に対しては、▽2020年末までに2カ所以上の都市において5Gサービスを開始する、▽2025年までに人口集中地域および高速道路をカバーする、▽2025年までに各事業者は1万500以上の基地局を展開する、▽サービス展開のうち25%は農村地帯および工業地帯で行う、といった義務が課されている。参考までに、ドイツとイタリアでの落札価格はそれぞれ合わせて65億ユーロと60億ユーロ超に達した。2015年に実施した4G周波数入札の際にも、フランス政府は入札価格を抑制する方針を打ち出し、落札価格も28億ユーロに落ち着いたという経緯があり、事業者のネットワーク敷設に向けた投資能力を損なわないという方針は一貫している。なお、当時経済相ポストにあったのはマクロン現大統領だった。

フランス政府は当初、入札仕様書を2019年10月初めに発表し、2020年初めにも周波数の割当先を決定する予定だった。しかし入札条件に関する調整がつかず、仕様書の発表に時間がかかり、入札手続き開始に遅れが出ている。この度入札条件が明らかになり、すべての事業者に周波数の割り当てが決まったことで、後は開始を待つだけと見られていた。しかしながら、昨今の米中貿易摩擦の激化を受け、中国の通信機器大手、ファーウェイ製機器の5Gネットワークからの排除の是非がクローズアップされてきたことから、雲行きが怪しい展開になりつつある。

米国は、すでに2018年末からファーウェイ製機器には情報セキュリティ上の問題があるとして、同社製機器排除に向けて同盟国に対する圧力を強めていたが、同調したのは日本とオーストラリアに留まり、ほとんど効果が上がっていない。中東での米国の同盟国であるアラブ首長国連邦に至っては、2019年2月に、ファーウェイ製の5G機器を採用すると言明する有様だ。さらに欧州の同盟国には、軒並みファーウェイ排除に消極的な姿勢が目立った。これは安価で技術的に優れていると評価を得ているファーウェイ製機器を排除することにより、5Gネットワーク整備に遅れが出ることを恐れてかと思われる。

このような状況に業を煮やしたのか、米国は2019年末から一段と圧力を強めた。2020年2月初めには、トランプ大統領がファーウェイ製機器を採用する国とは情報を共有しないことを明確にするよう駐ドイツ米大使に命じるに至った。

このような米国からの圧力を受けてフランス政府も対策に動き、2019年7月末には、5Gネットワークのセキュリティ確保を目的とした法案を成立させた。同法は、5G機器の使用に際して事業者に事前の許可を求めることを義務付けるもので、明らかにファーウェイを念頭に置いたものではあるが、中国政府に配慮してか、特定の事業者を名指しすることは周到に避けられている。実はこの法案こそが、フランスの5Gネットワーク敷設の命運を左右するものとなっているからである。

同法によると、通信事業者は5Gネットワークに採用する機器とメーカー名、設置場所を事前に申告しなければならず、さらに申請の際には非常に細かいチェックが入ることになっている。また、申請受理後2カ月の間に審査を行うフランスの政府機関である国家情報通信システム安全庁(ANSSI)からの回答がない場合は拒否を意味する、との条項が盛り込まれている。拒否の場合にはその理由が分からない上、事業者としてはANSSIによるケースバイケースでの判断を待つしかなく、長期的な視野に立った投資計画を立てにくいという問題を抱えることになる。

この長く不透明な手続きは、実はファーウェイに関する決定を先延ばしにするためのフランス政府の時間稼ぎなのではないか、との疑念も呈されている。ファーウェイ製機器を不許可とした場合、5G周波数入札に対する事業者の意欲が削がれ、落札価格が下がる可能性があることから、不許可という決定を入札後に下そうとしているのではないか、という疑念である。

これに対し、ANSSIは、2020年2月初めからファーウェイ製機器について採用の可否を明らかにすると言明したが、本稿執筆の2020年2月時点では、具体的な結果はまったく伝えられておらず、事業者にとっては疑念が募る状況となっている。特に4Gネットワークでファーウェイ製機器を採用しているSFRとブイグ・テレコムにおいてその懸念が大きい。5G敷設に当たっては、当初は4Gネットワークがベースとなるため、5Gでファーウェイ製機器の採用が不可能となった場合、4G機器の交換も必要となり、その経済的な影響は大きい。

英政府は2020年1月28日、コアネットワークにおける使用禁止、原子力発電所や軍事施設周辺での採用禁止、またコアネットワーク外でのファーウェイのシェアに35%の上限を設定など、条件付きでファーウェイ製機器を受け入れる決定をしたが、これはトランプ米大統領の逆鱗に触れたという。

フランス政府はルメール経済・財務相が2020年2月13日、ファーウェイ製機器を5Gから排除する考えはないと改めて言明したが、軍事施設や原子力発電所周辺などでは、国家的利益の保護のため、一定の制約を課すと付け加え、結果的には英政府とほぼ同じ方針を再び表明した。このようなフランス政府に対し、米政府は具体的な反応を見せておらず、英政府に対する強い不満とは際立った違いを見せている。これは米政府側に、英国の欧州連合(EU)離脱後の英米関係に対する強い期待があったものの、ファーウェイを巡っては「裏切られた感」があったからではないかと推察される。

トランプ大統領は、英国のEU離脱を積極的に後押しし、離脱後には英政府と大規模な自由貿易協定を結ぶ可能性を示唆していた。しかしながら今回の対応で、英政府はトランプ大統領の逆鱗に触れたわけで、これが今後の英米間の自由貿易交渉に影を落とす可能性もある。一方フランスに対しては、上述したようにファーウェイを排除しないという度重なる表明にもかかわらず、事前許可制度を利用してファーウェイを事実上排除する可能性を留保しているため、米政府としては、フランス政府の実際の行動を注視しているのではないかと見ることもできる。

ドイツはファーウェイ排除に関する態度をまだ明確にしていないが、実は政権内そのものにこの問題に関する対立がある模様だ。米政府が2020年2月半ば、ファーウェイ製機器にバックドアが存在し、同社がそれを通じて通信事業者の4Gネットワークにアクセスできたという情報を開示したが、ドイツ外務省はこれを、ファーウェイによるスパイ行為のリスクの「反駁し難い証拠」だと見なしているという。

このような欧州諸国の対応を見るに、今回の件ほど、ある国、ひいてはある企業の技術的優位が国際関係の焦点となった、あるいは国家主権に関わる問題となったケースは稀ではないかとの感がある。特に今回のケースは、米国に対抗し得る独自の勢力の構築を目指すというド・ゴール主義を伝統とするフランスにとっては、非常に屈辱的な状況ではないだろうか。

そもそもフランスには、ファーウェイに取って代わり得る通信機器メーカーはなく、ファーウェイを排除すれば、フィンランドのノキアやスウェーデンのエリクソンに依存せねばならない状況がある。ノキアは、フランスの同業者であるアルカテル・ルーセントを買収したが、ノキアのR&Dへの影響力はフランスにはほとんどない。ノキアもエリクソンもEU企業であるからだ。

しかしながら、5G敷設という国家の競争力、ひいては国家主権に直接関わり得る案件で、ファーウェイという中国企業に依存しなければならないという状況に陥ったことそのものが、フランス政府にとっては誤算だったと言えるかもしれない。

もっともこうした問題はフランスに限ったことではないようだ。2020年2月6日、バー米司法長官はファーウェイの5G機器における優越的地位に対抗するためとして、ノキアまたはエリクソンの経営権取得を示唆した。米国による直接投資か、米国及び同盟国の民間企業コンソーシアムによる間接投資かは不透明であるが、このことは、米政府がフランス政府と同様の弱点を白日の下に晒したものと言えるだろう。

(初出:MUFG BizBuddy 2020年2月)