フランスにおいて寿司は、「ファストフード」の一つとして定着した感がある。健康ブームに支えられ右肩上がりだったフランス寿司市場だが、近年、停滞状態にある。その背景には、新規感が失われたこととともに、ファストフードとしては比較的高い価格設定や立ち食い・歩き食べに向かないというマイナス点があること、競合のアジアン・ストリートフードが台頭してきたことが挙げられる。寿司に巻き返しのチャンスはあるのか。
フランスにおいて寿司は、手軽な「ファストフード」の一つとして定着した感がある。この「ファストフードの一つ」という感覚が面白い。日本ではひと昔前(いや、ふた昔前かもしれない)まで、寿司は「高級食」で滅多に食べられないものとされていたのが、回転寿司・持ち帰り寿司チェーンなどの登場ですっかり庶民的なものになった。素材や職人技といった「こだわり」を売りにする高級寿司店も依然として存在するものの、そもそも、握り寿司は、江戸時代には屋台で手軽に食べられる庶民的な「ファストフード」であったわけで、最近の寿司は、本来のあり方に戻っただけという見方もできる。また、寿司をファストフードとして捉えるフランス人は、最初から「握り寿司の本質」を理解していた、といえるかもしれない。
筆者がフランスに移住した25年前には、寿司を食べたことがあるフランス人はまだあまりおらず、「生の魚はちょっと…」という食わず嫌い派もいた。その寿司が、あれよあれよという間に市民権を得た。この背景には、2000年あたりからのヘルシー志向の興隆や、アニメや漫画など日本発のサブカルチャーによる影響が挙げられるだろう。アメリカで「カリフォルニアロール」のような日本にない巻き寿司メニューが定番化したことも要因かもしれない。
寿司が流行り出したのと同時にフランスでは、都市部に乱立していた中華惣菜店兼レストランが一気に「寿司店」に転向して、非日本人経営の「寿司店」が急増した。こういったレストランでは、寿司と一緒に焼き鳥も供されており、「前菜(謎のコールスロー)・主菜(寿司と焼き鳥)・デザート(餅や杏仁豆腐)」がセットメニューになっていて、日本人から見るとどうもヘンテコだし、味も美味しいとはいえないものが多い。寿司ネタももっぱらマグロとサーモンで、あまりお金を出す気にもなれないが、こういった中華系寿司店がフランスでの寿司のファストフード化に寄与したことは論を俟たない。ちなみに筆者の連れ合いはこういった寿司店を、「日本の形容詞『ジャポネ』」と「中国の形容詞『シノワ』」を合体させて「シポネ」レストランと呼んでいる。
続いて「Sushi Shop」、「Matsuri」、「Planet Sushi」といった寿司レストランチェーンが登場し、寿司市場拡大に貢献した。人気に目をつけたスーパーマーケットやハイパーマーケットは「寿司コーナー」を常設し、調理担当者がその場で握った寿司を供している。新型コロナ禍以降のダークキッチン(デリバリーやテイクアウトに特化した飲食業務を運営するキッチン)やフードデリバリー(これまた、ふた昔前の「出前」の再来という感も)の興隆も、寿司などのファストフードの中食拡大に貢献したといえる。
調査会社Businesscootによると、フランスの寿司市場は、2024年に推定12億ユーロ近くに達し、これはフランス・ファストフード市場全体の約4.6%を占めるという。カルフール、モノプリ、オーシャンなどのスーパーマーケット・ハイパーマーケットチェーンの店舗内に備えられた「寿司コーナー」は、2024年時点で約500を数えるそうだ。チェーン展開する「Sushi Shop」は全国で200店弱を有している。スーパーマーケット・ハイパーマーケットでは家庭用寿司キットを販売しており、自宅で寿司を作る人も増えているという。Businesscootでは、過去10年間でフランスの寿司市場は約40%の成長を遂げたと推定している。
しかし、この寿司人気に翳りが出てきている。最初に述べたとおり、寿司ブーム到来の兆しとともに「シポネ」寿司店が乱立することになったが、本当の「寿司の味」をわかってきた消費者が、こういった俄か寿司から徐々に離れていることもあるだろう。それ以前に、寿司は、他のファストフードに比べると原材料費が高いため販売価格も割高だ。ファストフードではあるが、サンドイッチ、ピザ、ハンバーガー、ケバブと違って、立ち食いや歩き食べができないという難点もある。先のBusinesscootでは、軽食のチョイスに関する消費者アンケート調査で、以前は5位以内に入っていた寿司が、2024年以降、15位以下にランクを落としていると報告している。フランスの寿司市場は一時期の大ブームを経て、飽和状態にあるのかもしれない。
寿司人気にブレーキがかかり始めたここ数年、寿司よりお得感があるアジアン・ストリートフードの競合が登場した。まずはポキ丼。フランスではもっぱらポケボウルと呼ばれる。枝豆やアボカド、キュウリや葉物野菜が使われて、寿司よりも栄養バランスが良さそうにみえる。立ち食いが難しい点は寿司と同じだが、箸ではなくスプーンやフォークで食せるところも欧米人にとっては敷居が低い。そして韓国フード。フランスにも日本から一足遅れる格好で韓国ブームが訪れており、韓国料理レストランが急増している。特に価格も手頃な韓国風のスパイシーなフライドチキンが、新たなファストフードとして大成功を収めている。
他の日本食が寿司市場を圧迫している面もありそうだ。寿司に続いてブームが来た日本食はラーメン。蕎麦やうどんの魚介系の出汁や淡泊な味が苦手というフランス人もいる中、もう少しオイリーで味の濃いラーメンは、より幅広い層に受けそうだ。今では日本のファストフードとして定着した感があり、外食相場の高いフランスで「10ユーロ台」で満腹になると、ラーメン店の前にはいつも行列ができる。そんなブームに乗って、パリに支店を出したのが「一風堂」で、今やパリ市内に3軒を構えるに至る。名古屋出身の筆者としては、パリではなく、地方都市リヨンに支店を出した名古屋発のラーメンチェーン店「フジヤマ55」にも注目したい。日本のチェーン店だけでなく、フランスで開業した独立系のラーメン店も各地で健闘している。
さらに新型コロナ禍あたりから急激に伸びているのが「おにぎり」である。火付け役は日本でも人気のチェーン店「おむすび権米衛」ではないかと思う。「おむすび権米衛」は2017年にパリ進出、開業当初から、食事時間には長蛇の列ができるほどの人気を博している。価格帯も1つ3ユーロ前後で、2~3つ食べれば小腹が満たせることから、寿司よりコストパフォーマンスが高いと評判だ。おにぎりは、具材もアイデア次第でバラエティー豊かとなり、生魚がダメという人はもとより、菜食主義者にもフレンドリーである。「おむすび権米衛」進出前から、居酒屋風の日本料理店ではおにぎりをメニューに載せているところもあったが、おにぎりの認知度向上における「おむすび権米衛」の貢献度は、かなり高いように思う。
この他、本格派のうどんで一世を風靡した「国虎屋」は、実は「おむすび権米衛」以前からパリにおにぎりだけを提供する店舗を持っており、コアなファンを維持している。その「国虎屋」のおにぎり専門店から暖簾分けした「Sankaku」も、レシピへのこだわりがうかがわれ、大きな支持を得ている。さらに、日本産のコメにこだわる「Gili-Gili」や「O-komé」など、おにぎりへの愛を感じる本格派の路面店がいくつかできている。
残念なのは、おにぎりブームに乗って、スーパーマーケット・ハイパーマーケットで売られ始めたコンビニ風のおにぎりである。これらはフランスの製造者が供給しているが、「onigiri」と称しているものの酢飯であるために、どちらかというと「三角形をしている巻寿司」に近く、冷蔵で販売されるのでコメがパサパサで、本来のおにぎりとは似て非なるものなのだ。これをおにぎりだと思われては、おにぎりも心外だろう。先に挙げた本格派おにぎり専門店には、「酢飯onigiri」打破に向けて、さらなる事業拡大を期待したい。
いずれにせよ、エスニック料理として、「生魚や酢飯を使う」という他国の伝統料理にない特徴で知名度を上げた「寿司」は、日本文化ブームと健康ブームに後押しされ急激に広がり過ぎて、どこか陳腐化してしまった感がある。ここであえて、同じ日本食である「ラーメン」や「おにぎり」と寿司の市場を比較し、「寿司の巻き返し」に向けたヒントを探してみたい。フランスの寿司店にはなくて、ラーメン店やおにぎり専門店にあるのは「リーズナブルな価格と各店の個性」ではないかと思う。フランスにも、ネタと職人技を売りにした高級寿司店は存在しているが、一般庶民が気軽に食べられるような価格ではない。乱立する比較的安価な「シポネ」寿司店には個性がない。その中間に位置するのは、「Sushi Shop」のようなチェーン店ではないかと思うが、これらは非日系である。日本のラーメンチェーンやおにぎりチェーンのフランス上陸の成功例もあることだし、「日本から来た」寿司チェーンは、そんな中で「本場の味」をセールスポイントに、非日系チェーンとの差異化を図れるのではないか。
おにぎりは、「日本産コメ利用」や「オリジナル具材による新レシピ」で個性を出している。日本の回転寿司も、肉握り、マヨネーズ系の軍艦、炙り系のネタ、タレや薬味などでオリジナリティを追求しているが、まだこのあたりの「変わり種」はフランスでは目にしない。ここでしか食べられない一品や、視覚的・体験的に新しい一品があることは、大きな強みになりそうだ。パリの寿司店は、ネタの美味しさや新鮮さを売りにすることはあっても、おにぎりのように、コメの産地や炊き方の工夫を店の個性としているところはないように思う。
フランスで今後、寿司で成功できそうなのは、オリジナルレシピ、仕入れや物流のノウハウ、資金力を備え、価格を抑えつつ新メニューを提案できる「日本発の回転寿司チェーン」ではないか。そこに「日本産コメ」を利用して「本場感」を出すと、さらなる差異化が狙えそうだ。近頃、パリでも「Ikéjimé(活け締め)」の魚を見かけ、美味しくて新鮮な素材も手に入りやすくなっている気がする。
日本国外にも展開する「スシロー」、「はま寿司」、「くら寿司」あたりに、フランス寿司市場の救済のために、是非、進出を検討していただきたい。
(初出:MUFG BizBuddy 2026年8月)