「めったにない、あの暑い夏の一夜だった。風の一吹きもなく、やり過ごしがたい暑さを一瞬でも和らげてくれそうな嵐の気配すら皆無の、息苦しく乾燥した、俺好みの夜だ。」
レオ・マレ(1909-1996)の『モンスーリのドブネズミ(Les Rats de Monsouris)』の冒頭である。戦後それほど時の経っていないパリを舞台にして起こる事件の数々を、皮肉屋で頭の切れる私立探偵ネストール・ビュルマが解決していく推理小説シリーズ『新パリの秘密』の一つ。マレはいわゆる「暗黒小説」のはしりとされるそうで、『新パリの秘密』も複雑怪奇な背景と陰惨な事件に、お色気と軽快なユーモアも混ぜた娯楽作品。今はもう使われない当時の隠語が沢山出てきて、なかなか読み解くのが難しいものの、楽しい作品群である。
『モンスーリのドブネズミ』は1955年に発表され、舞台は前年1954年のパリ14区で、冒頭の季節は、お分かりのように夏。語り手の「俺」は主人公ネストール・ビュルマである。以下はこのように続く。
「(…)水銀柱はすべての温度計のてっぺんまで駆け上がり、一番薄いシーツでさえ一トンほどの重さに感じられた。じっとりとした気だるさがカンジュ通りを包み込んでいた。通常、気温は格好のおしゃべりのねたをもたらすものだが、今のところ、会話を弾ませる役にはまるで立っていなかった。(…)うらぶれたホテルの、暗い部屋へと開け放たれた窓からは、トコジラミの餌食に生身のまま差し出された哀れな連中が、きしむベッドのバネの上で不毛な戦いを繰り広げ、のたうち回っている音が聞こえてきた。(…)まとわりつくような分厚い綿の空気をかき分けるようにして、近くの線路の分岐器でガタゴトと音を立てるモンパルナス発の列車の轟音が、ようやく俺の耳に届いた。(…)ばかに嬉しそうなバカンス客を乗せた列車は、潮かぐわしいブルターニュの海へとひた走っていた。俺のすぐ近くでは、マンホールが腐ったような悪臭を放っていた。」
ビュルマは、ドイツ占領下の捕虜収容所で時間を共にした怪しい男から14区のビストロに呼び出されていたのだった。ビストロ内の客は、「唾の一滴すら無駄にできない」ほどの熱波に誰も口を開こうとしない。でっぷりと太った店主すら、入ってきたビュルマに挨拶もせず、「流し台の怪しげな溜め水と、自分の腕や顔からしたたり落ちる汗の、両方を使って、物憂げにグラスをすすいでいた」。
さて、皆さんはこの文章を読んで、気温何度くらいを想定されるだろうか。
「俺はカウンターに肘をついた。店主は皿洗いをやめ、俺がひどく驚いたことに、やや灰色がかった歯の隙間から言葉をこぼした。
『何にするかね?』と奴は言った。
『ハーフパイントを』
『小瓶だな』
『小瓶だ』俺はくわえ煙草を縦に振ってそうだ、という意思表示をしながら、おうむ返しに言った。(…)
太った締まりのないイモリのような店主はため息をつき、冷蔵庫からずんぐりした小瓶を取り出すと、手首を素早く動かして王冠を抜き、乾いていたグラスを一つひったくるように掴んで、その一式を俺の前に置いた。それから、相変わらず不機嫌そうに、先ほどのため息に寄り添うような別のため息をつきながら、再び流しへと戻っていった。明らかに、100キロをゆうに超えようかという巨体は、マルティーニの広告入り温度計が示す28度という暑さに、うまく適応できていないようだった。」
「俺好みの暑い夏の夜」はもはや死語になりつつある。そして70年後の世代は、「40度で死にそうだ」と書き記す我々を笑うのであろうか。