フランスのお茶市場

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

フランスでは、近年、お茶市場の伸びが著しい。お茶は、特に若者にとっては、コーヒーや清涼飲料水に代わる、よりヘルシーな飲料としての地位を築きつつあるようだ。なお、本稿における「お茶」は、紅茶や緑茶、玄米茶などあらゆるお茶を指す。本稿では、そのようなフランスのお茶市場を概観する。

筆者がフランスに住み始めてから既に40年近く経つのだが、近年、街でティー・サロンを結構みかけるようになった。我が家の近くにあるティー・サロン(サロン・ド・テ)は、主に若者たちで連日満員であり、席が空くのを待たねばならない時さえある。「カフェ(café)」がフランス語であることが示すように、フランスでは、圧倒的にコーヒー、特にエスプレッソの人気が高く、筆者がフランスに初めて来た当時は、ティー・サロンなどほとんどみかけなかったように思う。試しに、筆者が住む街のカフェとティー・サロンの軒数を検索してみたところ、カフェが100軒程度、ティー・サロンが20軒程度という結果が出た。カフェの中には紅茶や緑茶も提供している場合もあると思われるが、一応の目安にはなるだろう。

フランス人1人当たりのコーヒー豆の年間消費量は約5.6キログラムに達し、毎日コーヒーを飲む人の割合は85%に達している。これに対し、お茶の1人当たり年間消費量は茶葉にして250グラム(2022年時点)にすぎない。コーヒー1杯淹れるのに必要な豆の量とお茶1杯淹れるのに必要な茶葉の量は違うので、単純には比較できないが、それでもコーヒーが圧倒していることに変わりはない。また、例えば、アイルランドや英国(両方とも年間国民1人当たり消費量:約3キログラム)と比べても、フランスのお茶市場は小さいと言えるだろう。

それでも、フランスのお茶の消費量は、1995年から2005年にかけて倍増した。市場規模は2020年時点で5億ユーロ(925億円相当)に達し、2017年比で28%増加している。また、お茶を飲むという国民の割合も、1990年の約50%から約67%にまで高まった。輸入量も、1994年の8,600トンが、約20年間で1.7倍以上伸びている。消費されるお茶の種類にも大きな変化がみられる。以前は、フランスでお茶と言えば、紅茶がほとんどであり、カフェやバーで緑茶を頼んでも、「置いていない」と言われることが多かった。統計でみても、2011年時点では、フランスで消費されるお茶の大半が紅茶だったが、現在では、緑茶もシェアを大きく伸ばしているようだ。特に玄米茶の伸びが著しい。後に触れるフレーバーティーと同様に香ばしい香りがし、あまり風味が強すぎないことが、おそらく好まれている理由かと思われる。

緑茶の消費量の伸びには、フランス人の健康志向も大きく働いているとみられる。また、1980年代からの傾向として、紅茶をベースとしたフレーバーティー(「テ・ド・ノエル(クリスマスティー)」と呼ばれる)が、主にクリスマスマーケットで提供され、人気を博している。「テ・ド・ノエル」がフランスで初めて売りに出されたのは1980年だという。「テ・ド・ノエル」は、今ではフランスで完全に定着しており、筆者はすっかり伝統的なものだと思っていた。しかし、調べてみると、意外と歴史が浅い。日本におけるバレンタインデーが本格的に定着したのが1970年後半なので、歴史的に同じくらいといえるだろう。ただし、「テ・ド・ノエル」の方は、米国の禁酒運動が起源で、1930年代に酒の代わりにドライフルーツなどで風味がつけられたお茶を飲もう、という「健全な」目的を持つものであり、商業目的が色濃い日本のバレンタインデーとは一線を画すともいえる。この「テ・ド・ノエル」から入って、普通の紅茶、ひいては世界各地のさまざまなお茶に手を伸ばす人は多いとみられ、入門書のような役割を果たしていると思われる。

筆者の家の近くのティー・サロンが若者で賑わっていると上述したが、おじいさんおばあさんが縁側で緑茶をすする、という日本でありがちなイメージとは逆に、フランスの若者の間では、コーヒーが高齢者の好む飲み物というイメージを持っているようだ。コーヒーを毎日飲むという人の割合も、現在では18-24歳の層では38%にまで低下しているという(2026年初め時点)。10年前には、50%以上だった。若者の間では、甘みが強すぎるという理由から清涼飲料水離れがみられ、その一部がお茶に流れているようだ。

近くのティー・サロンでは、日本の代表的なお茶を含めて世界各地のさまざまなお茶を置いている。ティー・サロンの店員に聞いてみると、若者たちは、世界各地のお茶を試しては、好きなお茶をみつけているそうで、中には「お茶オタク」みたいな若者もいるらしい。日本のお茶も代表的なものは各種揃っており、筆者の出身地である宮崎県の煎茶も置いてあった。値段は100グラムで15ユーロ程度(現在の相場だと約2,920円)と日本の約3倍もするが、結構売れているそうだ。フランスの物価は日本よりもかなり高いため、フランス人には、それほど高価に感じられないのかもしれない。

フランスには、Mariage frères(マリアージュ・フレール)や、KUSMI TEA(クスミティー)、FAUCHON(フォション)など輸入した茶葉を加工販売する高級ブランドがあり、一部は日本にも輸出されている。これらは、庶民的飲料とされるコーヒーよりも高級感があるように感じられる。いずれにせよ、若者に人気がある上、市場そのものがまだ小さいので、フランスのお茶市場には、まだ大きな成長可能性がある。マンガやアニメなどの日本文化の浸透とともに日本食の普及も進んでおり、世界的な人気を呼んでいる抹茶のみならず、日本のお茶生産者にとっては、大きなチャンスではなかろうか。

余談になるが、欧州はその昔、緑茶を船で輸入していたが、その間に発酵(正確には酸化だそうだが)が偶然進んで紅茶となってしまい、お茶といえば紅茶を指すことになった、という話を筆者はどこかで聞いた。筆者はこの話を、さもありなんと思っていた。しかし、本稿執筆に当たって調べてみると、これは都市伝説にすぎないことが分かった。ありそうな話でもファクトチェックする必要を痛感した次第である。

(初出:MUFG BizBuddy 2026年5月)