語学を一生懸命勉強した人は誰しも、あらゆる分野の単語を覚えなければいけない、という義務感と焦燥感に駆られる時があるのではないだろうか。筆者もフランスにやって来たばかりの時は、普段は手を出さない料理の本やらなにやら色々と読んでみたものである。
そうした中で出会った、普段は神様に誓って絶対に手を出さない種類の小説の中では、どうしたわけか3種類の鞭が現れ、まずそんなに種類があるということに驚かされたのであったが、それが「fouet」「cravache」「martinet」とまったく違う単語であったことにも驚いた。日本語であれば、「Aムチ」「Bムチ」「Cムチ」と、物体の本質を明確にした上で、それを形容する言葉をつけるであろうに、似た物体に完全に違う言葉をつけるとは、何事かと思ったのである。ちなみに、「fouet」は「鞭」という一般名詞、「cravache」は乗馬用の鞭、「martinet」は、木製の柄、革製のストラップを備えたもので、かつてはお仕置きに用いられた鞭である。
動物の名前を見ても、そういった傾向が見られる。日本語で言うところのヒラメやカレイのような平たい魚だと、以下のようなものがある。
Sole シタビラメ
Turbot イシビラメ
Carrelet ヨーロッパツノガレイ
Limande モトマコガレイ
Flétan オヒョウ
日本語で見ると、特大サイズのオヒョウは別にして、「ヒラメ」だとか「カレイ」という分類が明確であるのに対し、フランス語はバラバラで、いちいちこれらの名詞を覚えなければいけない。さて、なぜこんなに日本人学習者を悩ませるような構造になっているのか。語源を調べてみると、面白いことが分かった。すなわち、SoleやLimandeは恐らくラテン語、Carreletは古フランス語起源(fouetもそうである)だが、Turbotは古スウェーデン語に、Flétanはオランダ語に由来する可能性がある、という(cravacheに至っては、トルコ語起源で、ポーランド語、ロシア語あたりを経てドイツ語に入り、フランス語の語彙となったという)。こうした単語の多様性は、フランス語が、欧州、そして周辺の地域の様々な言語から日常の単語を取り入れて成り立った様子を示しているのかもしれない。また日本式の命名の仕方も、よりアジア的な視点で研究する必要があるのかもしれない。ともかく、こうした背景に思いを馳せながら語学を勉強すると、新たな楽しみが出てくるのではないだろうか。