ロジックを重んじる傾向の人が多いとされるフランス人たちが、占い師の言葉を真剣に信じている様子を目の当たりにし、衝撃を受けた筆者は、フランスの占い市場について調べてみた。すると、市場規模は優に5,000億円を超え、今後も伸びる見通しであり、確固たる需要があることがわかった。
フランスには議論好きな人が多いと言われている。住んでみると、筆者は実際、その通りだと感じた。知識や経験、噂や私見を、ジェスチャーをとり混ぜながら語りたがる。誰かが反論しようものなら、相手の声がかき消されるほど声を張り上げ、力(言葉)ずくで場を支配しようとする人も少なくない。そんな議論の際、何よりも決め手となるのは知識であり、数値であり、ファクトであり、論理的な展開だ。その上で随所にひねりが利いていればさらに良く、上手い冗談を挟めれば完璧だ。しかも、デカルト的合理主義ときている。そんな人々に囲まれているせいか、一般的に、フランス人は占いの類や民間信仰とは無関係だと思っていた。「君の国では血液型で性格を判断するんだって?」と鼻で笑われたこともしばしばあった。
ところが、である。
筆者はフランスの都会から離れた村落に住んでいるのだが、何頭も馬を育てている隣人が、ある日、「馬に悪さをしに来る人間がいるかもしれない。番犬を飼う」と言い出した。近隣都市の動物愛護団体から大型犬を1頭もらってきたが、この犬が悲しい過去のある犬で、人間を見ると尻尾を脚の間に垂らして後ずさりし、新居となった隣人宅から事あるごとに逃げようとする。ある日、隣人の犬は遂に脱走に成功し、跡形もなくいなくなってしまった。困った隣人が動物愛護団体に連絡したところ、ただちに団体の数人が車で乗り付け、我々周辺の住民も駆り出され、村全体で犬の捜索を行う事態となった。そのとき、群集を前に、愛護団体の1人がいきなり大声で、「占い師は、左手奥に林のようなものがあり、家が1軒だけ建っている平原を犬が歩いているのが見えると言っている。さあ、その場所に心当たりがある人はいないか?!」と叫んだ。
しばらくすると、「それは○○さんの家の方ではないか」、「○○村の丘の風景に似ている」などといった声が次々とあがった。間もなくいくつかの「候補地」が特定され、人々は小グループに分かれて数台の車に乗り込み、それぞれ違う方向へ意気揚々と捜索に向かった。結局、その日、犬は見つからなかった。その後、この村落で見かけたという情報が相次ぎ、数日後に隣人宅に戻って来たところを捕まって、動物愛護団体に丁重に返還された。どうやら、占い師の見た風景とはまったく異なるこの近辺を、ずっとさまよっていたようだ。
動物愛護団体はどうして占いに頼ったのだろうか。なぜ、誰一人として疑問を発しなかったのだろうか。この経験をきっかけに、一般的に占い師と呼ばれる人たちは、フランスでどのくらい活躍しているのだろうかと気になり、インターネットを中心に調べてみた。真っ先に目に入ってきたのは、占い師の稼ぎだった。2026年、フランスの最低賃金は、手取りで月額約26万円(1,443.11ユーロ、1ユーロ182円換算、単位以下は四捨五入、以下同)である。弁護士だと月額平均80万円であるのに対して、占い師は月額47万円ほどだそうだ。話題になった人気の占い師は、月額360万円も稼ぐらしい。フランス大統領を凌ぐ収入だ。フランスには約10万人の占い師がいるとされており、年間1,500万件超の占いが行われ、市場規模は約5,500億~7,300億円とされる。客層はあらゆる年齢、性別、社会階層にわたり、オンライン占いについては45~54歳の女性の利用が特に多いとされる。占いの料金は1回3,600円ほどから2万7000円くらいと幅があり、割と高めに設定されている印象だ。最近の傾向としては、オンライン占いが市場をけん引しており、宣伝効果が高いのは検索エンジン最適化(SEO)、Instagram、TikTok、YouTubeとされる。
単純に比較はできないものの、参考までに、日本の「占いサービス」の市場規模は997億円、「スピリチュアル関連ビジネス」の市場規模は4兆2418億円とされる(2023年度、矢野経済研究所)。フランスの市場規模は決して小さくないと言えるが、日本と違い、マスコミに引っ張りだこでベストセラーを生み出すほどの売れっ子占い師は見当たらない。フランス中に、いや国外にまで名をとどろかせた占い師で筆者が思い浮かぶのは、1772年にノルマンディーで生まれたマリー=アン・ルノルマンだけだ。
幼くして両親を失ったマリー=アンは、修道院に送られ、7歳にしてすでに占い師としての才能の片鱗を見せたという。修道院を出てパリに赴き、タロット占いを覚え、20歳そこそこでパリのトゥルノン通り(リュクサンブール公園近く)に自らの名を冠した店を構えた。当時、占いは取り締まられていたので、表向きには書店としていた。口コミで評判となり、多くの著名人が客として訪れたという。
ある日マリー=アンは、店にやってきた1人の寡婦に、「再婚し、王妃以上の強大な権力を掌中にする」と予言した。その女性は、後にナポレオン1世の妻になるジョゼフィーヌ・ド・ボアルネだったという。このジョゼフィーヌ、ナポレオン、スウェーデン王カール14世ヨハン、ロシア皇帝アレクサンドル1世などのほか、『スリーピー・ホローの伝説』の作者ワシントン・アーヴィングまでもがマリー=アンの顧客だったそうだ。時をさかのぼると、フランス革命期にはジャン・ポール・マラー、マクシミリアン・ロベスピエール、ルイ・アントワーヌ・レオン・ド・サン=ジュストの著名人3人も占い、各々に非業の死を予言したという。占い師として激動の時代を生き抜いたマリー=アンは、1843年に亡くなり、パリのペール・ラシェーズ墓地に眠っている。
現代のフランス人と占いとの関係はどうなっているのだろう。フランス世論調査会社Ifop Groupが2020年末に行った調査によると、6割近くのフランス人が占星術やカード占いといった超科学を信じており、4人に1人が占い師に見てもらった経験があるという。近年、世界情勢の緊迫や社会的な圧力が増す中で、占いを信じる傾向が急速に広まっていることが報じられている。占いの利用者の中には、「占いは、心療内科やカウンセリングに行くようなもので、いろいろな相談ができて気持ちがスッキリする」というコメントもあれば、「エステに行くのと同じくらいの値段で安心が買える」といったコメントもある。その一方で、家を買えるほどの大金を占い師に注ぎ込んだ人や、オンライン占いをしたいがために会社の金を横領した人、病欠中に内職で占いをしていた人、個人情報の違法収集などで巨額罰金を受けた占いサイトがあるなど、占いをめぐる事件の数々も新聞・雑誌を賑わせている。
ロジックが重んじられる傾向のフランスでは、日本とは違い、互いに星座などをたずね合って会話が盛り上がるといった様子を見たことがない。人前で占いについて話すこと自体、何となく憚られる雰囲気がある。それでも、フランスの占い関係のオンラインサイトは花盛りで、雑誌には必ずと言っていいほど星占いのコーナーがある。フランスにおける占いは、日本に比べて、より「個人的」で「秘め事」の様相を帯びている感じがする。
パリに住んでいたころ、アパルトマンの郵便受けに「占い師マダム○○ あなたの未来を見てさしあげます」といった内容の、名刺を一回り大きくしたような紙切れが入っていたことが頻繁にあった。成果がなければ、あれほど何度もポスティングはしないだろう。あのアパルトマンの住民の何人かは、こっそりマダム○○に会いに行ったかもしれない。迷い犬の捜索のときに誰一人何も言わなかったように、互いに話題にもせず、まるで素知らぬふりをして。
(初出:MUFG BizBuddy 2026年2月)