「フランスにあって日本にないもの」は、「日本にあってフランスにないもの」よりも数が少ないのではないかと思われる。本稿では、「フランスにあって日本にないもの」のいくつかを紹介しつつ、その理由などについても考察してみたい。
筆者は以前、「日本にあってフランスにないもの」(2025年7月23日付掲載)を紹介した。今回は多少、安直ながら、その逆の「フランスにあって日本にないもの」をいくつか紹介したいと思う。そこで、いろいろと考えてみたのだが、これが思ったよりも難しいことに気づいた。フランスにあって日本にないものがなかなか思いつかない。もちろん、食品関係なら、フランスの多くのチーズ(俗に、フランスには1年の日数と同じだけチーズの種類があるといわれる)は、輸入物以外には日本にはないし、ワインの多くもそうだ。しかし、それは、日本にチーズもワインもないということにはならない。その他の産業製品に関しても筆者はほとんど思いつかないので、今回は対象を制度的なものに絞ることにした。
制度的なものでフランスにあって日本にないものといえば、真っ先に挙げられるのは、同性婚だろう。日本でも、東京都世田谷区の「パートナーシップ・ファミリーシップ宣誓」など、同性カップルへのある程度の法的権利を認める自治体が増えてきてはいる。しかし、同性カップル間では法定相続人にはなれないなど、結婚とは大きな差がある。フランスでの同性婚は2013年5月に導入され、2022年12月31日までに7万組以上の同性婚が成立した。これは、総婚姻数の約3%に相当するという(出典:https://www.ined.fr/fr/tout-savoir-population/memos-demo/focus/mariage-pour-tous-en-france/)。
調査会社Ifop Groupが2019年に行った調査によると、同性愛者の総人口に占める割合は3.2%、バイセクシャルであることを自認している人々のそれは4.8%、異性愛者だが同性にも惹かれる人たちの割合は2.8%となっており、合わせると10%強に達している。従って、同性婚が全体に占める割合3%というのは少ないように見えるが、彼らの中には、同性婚ではなくPACS(連帯市民協約)を利用するケースも多いと思うので、妥当な数字だと思われる。ちなみに、同性婚カップルのうち25%が、異性婚を経た上でのものだという。
同性婚のインパクトが強すぎて失念していたが、PACSも日本にはない制度である。PACSは、同居するカップルに対してある程度の法的権利を与えるもので、上述の世田谷区のパートナーシップ・ファミリーシップ宣誓などに似ているが、世田谷区の制度が同性カップルだけを対象としているのに対し、性別を問わないところが特徴である。
フランスでPACSが導入されたのは1999年のことで、導入前には激しい論議の対象となった。それ以来、PACSの件数は増加の一途をたどり、2020年の結婚式を挙げる人が極端に減少した時期(コロナ禍によるロックダウンが相次いだ年)には、婚姻件数を上回った。その後、揺り戻しがきたことから、PACSの件数は婚姻件数を下回ったが、2023年には結婚するカップル数にほぼ匹敵しており、婚姻件数が1970年代から減少を続けていることから、将来的には、PACSが再逆転することは確実視されている。
PACSの件数のうち、同性カップルによるものは2024年時点で5%に達しており、この数字と上述の同性婚件数を合わせるとほぼ8%に達する。なお、婚姻件数の減少に関しては、PACSのせいという見方もあろうが、調査会社オピニオン・ウェイの2022年5月の調査によると、フランス国民の60%が結婚を「時代遅れ」で「あまりに伝統的」と見なしており、フランスでは結婚という制度そのものに魅力を感じない人が増えているようである(これがなぜかというと、いろいろな要因があると思うが、社会学の論文になってしまいそうである)。ただし、婚姻件数とPACS件数を合わせると、法的に認められたカップル数は史上最多となっており、フランス人が「草食」になった(男女関係に淡泊になった)というわけではないようだ(出典:https://www.la-croix.com/france/le-pacs-celebre-ses-25-ans-cinq-chiffres-pour-comprendre-son-evolution-20241115)。
次いで、フランスにあって日本にないものといえば、筆者は政府発行のIDカード(フランス語では、Carte nationale d’identité:CNIという)を思い浮かべる。しかし、これは、マイナンバーカードの導入により、かつて日本にはなかったもの、になってしまった。CNIはマイナンバーカードとは異なり、保険証や自動車運転免許証などとの紐づけはされてはおらず、純粋な本人確認証明書である。CNIの有効期間は10年間(2004~2021年に発行された成人向け15年カードを除く)、発行費用は無料(紛失・盗難などによる再発行費用は25ユーロ)で、申請すれば年齢に関係なく発行される。所有や常時携行を義務付けられているわけではないが、普及率99%と非常に高率であり、フランス人でも所有や常時携行が義務だと勘違いしている人さえいる。CNIを所有していないと、銀行口座の開設や行政手続き、あるいはさまざまな国家試験受験手続きなどが困難になることから、所有するのは当然のように思われている。また、CNIは非常に効力が強く、ベラルーシ、ロシア、ウクライナなどを除いた欧州大陸諸国や、ドミニカ共和国、トルコなど一部の国でもパスポート代わりとなる。
個人的な話で申し訳ないが、フランス人ではない筆者は、CNIではなく、本人確認証明書となる10年間有効の在留許可証を持っている。だが、紛失するのが怖くて、銀行に行くときなど必要な時しか持ち歩かないようにしている。というのも、筆者のある友人(フランス人)が一度CNIを盗まれてしまったのだが、フランスの旧植民地生まれであるという出生を示す書類を紛失していたことから、彼がフランス人であることが証明できなくなってしまい、フランス国営企業の幹部であったにもかかわらず、長い間無国籍の状態になってしまった、という話を聞いたからである。
もちろん、彼と筆者では事情が違うので、紛失しても再発行してもらえるだろうが、CNIとは違って、10年間有効の在留許可証の発行には225ユーロかかるのと、再発行手続きにかかる手間が非常に大きいのも相まって、できる限り携行したくないというのが本音である。ただし、本人確認証明書を携行していないと、警官や憲兵から職務質問された場合、本人確認証明書の提示義務はないにもかかわらず、面倒なことになる可能性がある。幸い、筆者は職務質問されたことがないのだが。
【CNI見本】
表面

裏面

出所:https://passeport.ants.gouv.fr/
ちなみに、フランスでは、中世から通行手形に類するものが発行されてきたが、IDカードが初めて発行されたのは、第1次世界大戦中の1917年のことだ。しかし、それはフランス国民を対象としたものではなく、フランスに在住する外国人を対象としたもので、スパイ摘発などが目的で、一時的なものだった。
その後1921年、パリとその周辺でフランス国民を対象とした恒常的なIDカードが発行されたが、フランス国民すべてを対象に義務化するという試みは失敗し、カード所有は任意であった。しかし、1940年のナチス・ドイツへの敗北をきっかけに成立したヴィシー政権(対ドイツ協力を唱え、権威主義的政策を推進した)により、1940年にIDカードは義務化された。そして1941年には、ユダヤ人だった場合、IDカードに「ユダヤ人」という印が押されるようになり、ユダヤ人弾圧に利用されるようになってしまった。第2次世界大戦後、ヴィシー政権下で成立した諸法は破棄されたが、IDカード所有の義務化に関する法は、修正されただけで存続した。IDカード所有義務が解かれるのは、1955年になってからである。
本稿後半のCNIに関しては、「フランスにあって日本になかったもの」であり、タイトル詐欺みたいになってしまった。日本で暮らしているフランス人であれば、おそらく「フランスにあって日本にないもの」を容易に気付けるかもしれないが、日本で1年暮らしたことがあるフランス人の妻に一応聞いてみたものの、制度的なこと以外にはあまり思いつかないという。なぜなのかは筆者にはよく分からないが、特に、明治維新以降に日本人が西洋の文物を取り入れるのに非常に努力した結果ではないだろうか。筆者は、フランス語からの借用語(他の言語から取り入れて、日常に用いている語)について、かなり以前、当ウェブサイトに寄稿したのだが(参照「借用語から見た日本・フランス関係の変遷」https://ksm.fr/archives/565594)、フランス語からの借用語は、実は非常に多い。西洋の文物を取り入れるに当たって、日本人がしてきた努力に敬意を払いたいものだ。
余談になるが、日本ではパスポートが本人確認証明書にならないと聞いて結構驚いた。2020年2月4日以降に発行されたパスポートには住所欄がないから、らしい。しかし、日本の自動車運転免許証も社会保険証も持たない筆者などは、本人を証明するものがまったくない。マイナンバーカードは、2015年10月5日以降に国外転出した人なら申請できるらしいが、筆者はそれ以前の転出なので、それもできない。フランスで暮らしているので当面必要はないのだが、本人であることを証明せねばならない場面に日本で遭遇したらどうしたらよいのか、多少不安である。
(初出:MUFG BizBuddy 2026年1月)