トランプ関税と中世

投稿日: カテゴリー: 大熊猫集団の井戸端会議

トランプ米大統領が、米によるグリーンランド併合に反対するEU諸国への怒りを隠さず、EU7カ国に追加関税をかける上、仏製ワインの米輸出に200%の関税をかけると示唆している。筆者は、トランプ大統領のやり方を「新帝国主義」だと思っているが、今回の展開を見ると、むしろ各領主により恣意的に関税が決定されていた中世への逆戻りではないかという気がしていた。ところが、実際に中世の関税の在り方を多少調べて見ると、そのシステムは非常に複雑であり、確かに恣意的な関税が課されることはあったが、その内実は、多重な契約関係に基づいたもので、関係者間の力関係などが絡まり、単に領主の恣意的な思惑により決定できるものではなかったことが分かってきた。例えば、ある橋が、その地の教会からの全面的、あるいは部分的出資を受けて、ある領主の名の下に建設された場合、その橋の通行料(商品の場合は関税)の決定には、まず教会と領主間の合意が必要である。橋が建設された村々と領主及び教会との合意も必要だ。加えて、領主と各種ギルドとの間の合意も必要となる。さらには、橋に続く道が至る都市の代表者と領主の間の合意も必要となる。橋の建設への出資者が多岐に渡った場合、事情はさらに複雑なものとなり、「まともな」領主ならば、経済的妥当性を無視した恣意的な関税をかけることはできなかったはずである。中世では領主が恣意的な関税をかけられるというのは、領主の初夜権(これも実際には都市伝説に類するもののようだ)に関する物語などに毒された筆者の妄想に過ぎないようだ。問題は、こういっては失礼かもしれないが、トランプ大統領が「まともな」領主ではないのではないかということだろう。歴史的に見ても、恣意的な関税は、かけた側を含めて、皆が不幸になったケースの方が圧倒的に多い。今回の騒ぎがどう落ち着くかは今後の展開次第だが、将来に禍根を残すようなことにはならないことを祈るばかりだ。