4大キャリアが競うフランスの通信市場に新たな再編の機運

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスの通信市場は成熟しており、4社のキャリアが競合している。後発のFreeがもたらした競争の激化も手伝い、各社のサービスや料金プランは似通ったものとなっている。しかし、2位につけるSFRの親会社が経営難に陥り、SFRを売却する見通しが強まっている。SFRは、他のキャリアに吸収される可能性もあり、その場合、通信市場は新たな再編を迎えるだろう。

フランスの電気通信業界では、4社のキャリア(独自の通信回線を保有して通信サービスを提供する事業者)が競合している。この点で、大手4社が競合する日本の通信業界に似ている。しかし、人口は、日本が約1億2342万人(2025年3月1日現在、総務省統計局)なのに対して、フランスは約6,860万人(2025年1月1日現在、フランス国立統計経済研究所)と日本の56%程度だから、通信市場の規模はほぼ半分といえる。それなのにキャリア数が同じということは、競争はより激しいと考えることができるだろう。実際、フランスの通信市場は競争が厳しく、料金の押し下げ圧力が強いといわれる。ユーザーには好都合な状況だが、事業者の利益が抑えられすぎれば、通信回線のメンテナンスやアップグレードを行うための投資が不足し、通信品質の低下を招くリスクがあるため、料金は安ければ良いというものでもない。

通信サービスは、固定通信サービスと移動体通信サービス(携帯電話など)に大別できる。固定通信回線と移動体通信回線(無線通信回線)は別物だが、双方を同じ4社が牛耳っている。本稿では、移動体通信サービスに焦点を合わせつつ、必要に応じて固定通信サービスにも触れる形で、キャリア4社に的を絞って通信業界の現状を見ていく。なお、ここで取り上げるのは、個人ユーザー向けの通信サービスのみで、企業向けサービスは対象外とする。

まず、キャリア各社のプロフィールを紹介する。
①最大手はOrangeといい、これは旧国営独占通信事業者「フランス・テレコム」の後身である。欧州連合(EU)では、1990年代に通信市場の自由化が段階的に進められ、1998年1月1日をもって音声電話サービスと通信インフラ市場が全面的に自由化された。そして、フランス・テレコムを含む各加盟国の旧国営通信会社の独占が終了した。フランス・テレコムは2004年秋に民営化が完了し、2013年に社名を現在のOrangeに変更した。

「Orange」はもともと、2000年にフランス・テレコムが買収して子会社としていたイギリスの通信会社の社名だった。Orangeはもちろん果実のオレンジやオレンジ色を意味する言葉で、ロゴマークにもオレンジ色が用いられている。フランス語でも、オレンジ(色)はOrangeで、スペルも英語と同じという利点があるが、「オランジュ」と発音する。分かりやすく、親しみやすい名称であるうえに、欧州をはじめとする各地域で通信市場の自由化が進められる中で、国際進出を目指していたフランス・テレコムにとって「フランス」という限定的名称が邪魔になり始めていたという事情も手伝い、フランス・テレコムは段階的に各種のサービスにOrangeというブランド名を冠するようになり、最終的にグループ全体の名称としても採用した。

②Orangeに次ぐ大手はSFRという。これは「Societe Française du Radiotelephone(フランス無線電話会社)」という社名の略号で、「エス・エフ・エール」と発音する。もとは水処理大手CGEの子会社として1987年に創設され、紆余曲折を経て、2014年から、モロッコ出身の実業家ドライ氏が率いるアルティス(Altice)というルクセンブルク籍のグループの子会社となっている。アルティスは2014年当時、傘下のケーブルテレビ大手ニュメリカーブル(Numericable)とSFRを合併させて、新会社にあらためてSFRの名称を冠した。そのため、SFRの固定回線事業の一部はケーブルテレビによるインターネットサービスを引き継いでいる。

③3番目の事業者はBouygues Telecom(ブイグ・テレコム)で、社名が示す通り、大手建設会社ブイグの子会社として1996年に発足した。大きな資金力を持つ後ろ盾があるのが強みといえる。

④4番目は1999年に発足したFreeで、英語式に「フリー」と呼ばれている。これは、ビジネス界の風雲児的存在であるグザビエ・ニエル(Xavier Niel)氏が立ち上げた企業で、後発の事業者という立場もあり、格安サービスを打ち出し、競争激化による通信市場の活性化をもたらした。自前の通信回線が整うまではOrangeと提携して回線を共有していたが、現在は独自の回線を充実させている。Freeは単に低料金でサービスを提供するだけでなく、競合他社に先駆けて、インターネット接続用のセットトップボックスに先端技術や高度な機能を搭載するといったアグレッシブな戦略を仕掛け、顧客獲得に成功している。

Freeの参入によって競争が活発になり、固定・移動体通信サービスの料金は目に見えて低下した。また、契約形態も、以前は1年間以上の最低契約期間が設定されているのが普通だったが、ユーザーの利益に配慮した規制の改正も手伝って、1カ月単位の自動更新契約が一般的になった。簡単に解約して、別の事業者に乗り換えることができるうえに、携帯電話番号のポータビリティ制度が定着したおかげで、事業者同士が引き継ぎを担当し、ユーザー自身は面倒な手続きや手数料なしに、新たな事業者との契約で自分の電話番号を維持できる。

筆者自身はこれまでに上記の4社全てのサービスを利用した経験があるが、少なくとも近年は、契約の解除、新事業者への乗り換え、電話番号ポータビリティなどで面倒な思いをしたことも、不当な手数料を徴収されたこともなく、毎回全ての手続きがスムーズに進んだ。

さて、各社の料金プランを比較してみよう。ここでは携帯電話サービス(4Gと5G)の標準的な料金プランを例に取ることにする。Orangeは、月額22.99ユーロのプランで、170ギガバイト(GB)のデータ通信量を提供している。なお、フランス国内(海外県含む)での音声通話、SMS(ショート・メッセージ・サービス)やMMS(マルチメディア・メッセージング・サービス、写真や動画、長文などを送受信できるサービス)の送受信は無制限で、これは他社の料金プランでも同じ。SFRは、月額19.99ユーロのプランで200GBを提供している。Bouygues Telecomは月額15.99ユーロで、130GBを提供。Freeの場合は、月額9.99ユーロで120GB、19.99ユーロなら350GBを提供している。なお、各社の固定回線の加入者には、携帯電話料金の割引がある。

また、Freeの低料金に対抗する手段として、OrangeはSosh、SFRはRED、Bouygues TelecomはB&YOUという傘下ブランドを通じて、より低い料金プランを提供している。Soshは月額10.99ユーロで100GB、REDは月額8.99ユーロで100GB、B&YOUは月額11.99ユーロで120GBを提供している。

4社の力関係を見ると、各社の携帯電話サービスの加入者数は、Orangeが約2,170万人で首位、SFRが約1,940万人で続き、Bouygues TelecomとFreeが1,500万人超で拮抗している。ただし、これらのデータの取得時期には違いがあるので、正確な比較は難しい(筆者は人工知能(AI)を利用してこうしたデータを収集したことを付け加えておく)。

ちなみに、上記の加入者数を合計すると、フランスの総人口を上回る。通信市場の監督機関であるARCEPが2025年7月31日に公表した携帯電話市場調査によると、6月30日時点でフランス国内で使用されていたSIMカード数は8,400万枚だったという(フランス本土のみだと8,140万枚)。なお、これはIoTなどに用いられるMtoM(Machine to Machine)専用SIMカードを除いた数値。人口を大きく超えていることから、1人が複数のSIMカードを使用しているケースが少なくないことがうかがわれる(実際、携帯電話のヘビーユーザーではない筆者ですら2枚のSIMカードを使用している)。このことは、フランスの携帯電話市場が非常に成熟しており、すでに飽和状態にあって、新規加入者を開拓する余地がほとんどないことを示唆している。つまり、4大事業者は、国内市場では互いに加入者を奪い合うほかない状況に置かれている。

大雑把な傾向として、Orangeは他社よりも料金が常に高めであるにもかかわらず、老舗だけあって、カバーエリアの広さや通信品質の高さなどを強みとしており、首位を堅持している。また、最後発のFreeは急成長しており、Bouygues Telecomに追いつき追い抜きそうな勢いだが、Bouygues Telecomも負けじと堅実な事業発展を遂げている。

それに対して、SFRは第2位ながら劣勢で、近年、特に経営状態やブランドイメージが悪化し、加入者を競合に奪われつつあり、人員削減を繰り返している。2024年中は特に加入者の減少が目立った。SFRの親会社アルティスのドライ氏は、デットファイナンスを柱とする手法で買収を繰り返して事業を拡大してきたが、債務の膨張で経営が行き詰まり、民事再生手続きを経て、債権者団と合意を結び、目下債務再編の途上にある。その一環でSFRが売却される可能性が強まっており、その場合には、通信業界にFreeの参入以来の大きな再編の動きが起きることが予想される。

SFRの買収には、他のキャリア3社も関心を示しているとみられ、もしSFRが3社のいずれかと合併することになれば、市場は4社体制から3社体制へと移行する。競争上の問題もあるので、Orangeによる買収は考えにくいが、Bouygues TelecomかFreeがSFRを買収して一挙にOrangeを凌ぐ大手に躍進するというシナリオも不可能ではない。そうなった場合、競争は弱まることはないだろうが、これまでとは様相を変えて新たな段階に突入し、料金体系やサービスにも影響を及ぼすだろう。SFRを取り巻く、2025年秋以降の動向が通信市場の台風の目となりそうだ。

(初出:MUFG BizBuddy 2025年9月)