アフリカ有数の柑橘大国であるモロッコから、日本への柑橘類輸出が始まった。モロッコの柑橘類生産はオレンジとミカンが半々程度で、中でもミカンはベリー類と並ぶ主要な輸出果実だ。干ばつと気温上昇で作付面積が大幅に減る中、品質向上に努め、輸出先の多様化に取り組む。
アフリカ第3位の柑橘類生産国で、生鮮柑橘類の露店販売やジューススタンドの出店が盛んな「柑橘大国」のモロッコ。2025年、そのモロッコから日本への柑橘類輸出が始まった。日本ではモロッコ産柑橘類の輸入が長らく禁止されていたが、植物防疫法の一部が改正され、2023年4月1日より施行された。これにより、マンダリンやクレメンティンなどの一部作物の輸入が解禁となり、2025年初めに日本へ向けた最初のコンテナが出荷された。モロッコ産柑橘類の日本市場進出に弾みをつけるべく、4月には東京で、モロッコ側のサプライヤーと日本の輸入業者らのビジネスマッチング商談会もモロッコ政府機関主催で開催された。
モロッコは、アフリカ大陸では南アフリカ共和国とエジプトに次ぐ柑橘類生産国で、気温が高く日射量の多いスース=マサ地方を中心に、マンダリンやオレンジなどの柑橘類を生産している。2023-2024年度にはマンダリンなどのミカン類、オレンジ、レモン・ライムを合わせて180万トンが生産された。2024-2025年度の生産量は推定値で210万トン。レモン・ライムの生産量は4万トン程度とごくわずかで、モロッコの柑橘類生産はミカンとオレンジがほぼ半々(ミカンの方が若干多い)だが、オレンジやレモンの大半が国内で消費されるのに対して、ミカンはかなりの量が輸出されているという違いがある。2023-2024年度に生産された95万トンのミカンのうち、50万トンは国内で消費され、45万トンは輸出された。ミカンはモロッコにとってベリー類と並ぶ主要な輸出果実なのだ。比較までに、2023年の日本のミカン(温州ミカン)生産量は全国で68万2000トンとなっており、モロッコの7割程度だった。
モロッコで生産されているマンダリン類には、ナドルコットやヌール、マーコット、アフォーラなどの品種がある。特に、モロッコで開発された保護品種のナドルコットは、見た目も綺麗でむきやすく、糖度が高くて適度に酸味があり、種も少ないのが特長。収穫時期が1月から4月と他よりも遅い晩生品種(タネまきから収穫までの期間が長く、成熟が遅い作物の品種)ということもあって国際的な人気も高く、近年モロッコの輸出拡大の主役となっている。世界約40カ国に輸出され、モロッコの柑橘類輸出の50%を占める。実は、このナドルコット種は、過去に日本に冷凍輸入されたことがある。2021年頃にセブン‐イレブンが発売した冷凍フルーツ「果実そのまま みかん」は、パッケージにモロッコ産のナドルコット種使用と明記されている。冷凍ミカンは加工品扱いのため、2023年に生鮮ミカンの輸入が解禁になる前にも輸入できたのだ。
モロッコ産柑橘類は主に欧州連合(EU)、ロシア、米国、カナダ、サブサハラ・アフリカ、中東に輸出されている。地理的にも近いEUは、モロッコにとって最大の輸出先で、筆者が住んでいるフランスでもモロッコ産のマンダリンは非常にポピュラーだ。それでも、最近は以前ほど見かけないと思っていたら、EUへのマンダリン輸出は2021-2022年に18万トンだったのが、2022-2023年に14万5000トン、2023-2024年には11万9000トンと年々低下している。オレンジも、通貨安で競争力が増したエジプト産やトルコ産との競争にさらされているという。そして何よりも、モロッコの柑橘類業界は、生産そのものの減少という問題に直面している。
2024-2025年度の柑橘類生産は210万トンに上る見込みと上述した。これは前年の180万トンは上回るが、柑橘類生産に関する全国調査の実施された2018-2019年の262万トンには及ばない水準だ。業界団体のモロッコ・シトラスと農業・海洋漁業・農村開発・水・森林省の調査によると、気候変動の影響で何年も続く干ばつと気温上昇を背景に、柑橘類の作付面積は2016年の12万8000ヘクタールから2024年の9万1342ヘクタールへと30%近く減少した。柑橘類の作付面積は2010年時点で9万8000ヘクタールだったのが、2008年に着手した国を挙げての農業振興政策「グリーン・モロッコ・プラン」の下で大きく増えたという経緯があるが、増加分を上回る減少に見舞われたことになる。とはいえ、今では柑橘類畑の48%が同プランの下で作付けされた若い木によって占められている。68%は樹齢5~20年で、22%は10年以下というように、樹齢の若い木が増えて刷新が進んだことで、今後は、バランスの良い、高い生産性が期待できるという。
恒常的な水不足は、モロッコの農業全般、そして柑橘類業界にとって大きな問題となっている。柑橘類の水需要は他の作物に比べて少なく、農業用水全体の5%が柑橘類生産によって消費されているにすぎない。とはいえ、これまでのように、自然の降水とダムの貯水を利用した灌漑、そして地下水の利用だけでは、生産を続けていくのが困難になりつつある。そのため業界では、海水淡水化や排水再利用、長距離導水などの新たな方法で補完的に水を確保することに期待をかけている。
モロッコ政府は海水淡水化を水不足への対応の柱の一つに据え、各地で建設計画を進めている。例えば、2021年に運転を開始したスース=マサ地方のアガディール海水淡水化プラントは、先頃始まった拡張工事が完了すれば、生産能力は現在の日量12万5000m3から日量40万m3に引き上げられ、飲料水と農業用水を供給する海水淡水化プラントとしては世界最大級となる。200万人に飲料水が、農地1万3600ヘクタールに灌漑水が供給される見通しだ。
また、作付面積の減少を補うべく、生産性・品質改善のための努力も日々行われている。その一つに害虫対策があり、柑橘類の主要な生産地であるスース渓谷では、2008年から不妊虫放飼法が導入されている。不妊虫放飼法というのは、放射線を照射して不妊化させた害虫のオスを野外に放して野生のメスと交尾させ、繁殖を防いで害虫個体群を減少させる技術で、化学農薬に比べて環境負荷が低く、持続可能な防除法として注目されている。国際原子力機関(IAEA)と国連食糧農業機関(FAO)が中心となって世界各地で普及を推進しており、アフリカではタンザニアなどで病原菌を媒介するツェツェバエの撲滅に貢献したことで有名である。また、日本でも沖縄・奄美地方でウリミバエの根絶に成功し、農業被害を大幅に軽減した実績がある。
モロッコでは、柑橘類やモモ、リンゴ、コーヒーなど極めて多くの生果実・果菜類に産卵し、生まれた幼虫が果肉部分を食い荒らすチチュウカイミバエへの対策として導入された。当初はポルトガルとスペインから輸入した不妊オスミバエを使って5,000ヘクタールの区域で試験的に行っていたが、現在、IAEAとFAOの支援により、アガディール近郊にチチュウカイミバエの大量生産・放虫施設の整備が進められている。自前でオスミバエを生産し、将来的には合計18万ヘクタールの区域で放虫する計画となっている。
モロッコの柑橘類業界は、こうして輸出向けにトレーサビリティや残留農薬に関する規制、厳しい品質基準を順守するための取り組みを進めつつ、輸出先の多様化にも取り組んでいる。日本への輸出が始まったことは上述の通りだが、ほかにもブラジルやシンガポールが新たな輸出先に加わることになっている。また、アガディールとセネガルのダカールを結ぶ海運ルートの開設が2024年末に決まり、柑橘類業界では、これまで陸上輸送に限られてきた西アフリカ諸国への輸出が促進されるだろうと期待を膨らませている。読者の皆さんも、もし、百貨店やスーパーマーケットの食品売り場でモロッコ産ミカンを見かけたら、ぜひ試してみてはいかがだろうか。
(初出:MUFG BizBuddy 2025年9月)