本稿では、日本にあってフランスにないものをいくつか紹介する。その上で、できるものについては、なぜフランスにないのか、その理由を考察してみたい。
筆者はフランスで人生の半分以上を過ごしているのだが、フランスに暮らし始めた頃は、日本にはあるがフランスにはない身近なものがいろいろとあって、驚いたり、不思議に思ったものだ。逆に、日本にはなくてフランスにはあるものもあるが、本稿では、日本にあってフランスにはないものの方をいくつか紹介する。その上で、できるものについては、その理由も考えてみたいと思う。
一つ目は耳かきだ。これは、別になくても困らなかったが、最初の頃は持っておらず、フランスで売られていないか探してみたが見つからなかった。なぜなのだろうとずっと不思議に思っていたのだが、本稿を執筆するためにウィキペディアで調べてみたところ、耳かきはアジア系の乾性の耳垢除去に適したものだという。そのため、白人や黒人に多い粘性の耳垢除去には向いておらず、あまり販売されていないという説明があった。この説明からすると、もっとよく探せばひょっとするとどこかに売っているのかもしれない。しかし、筆者はこれまでフランスで売られているのを見たことがない。
また、ウィキペディアによると、日本人の耳かきの頻度は多すぎて、外耳道を傷つけ、外耳炎を引き起こすことがあるという。そのため、1カ月に1、2回行えばいいそうで、筆者はやり過ぎだったようだ。なんでも調べてみるものである。なお、フランス人の妻に聞いてみたところ、耳掃除は綿棒でしていると言っていた。
マンガやアニメでは、妻や恋人に耳かきをしてもらうことが、愛情表現の一つとして描かれていることをよく見かけるが、あれはフランス人のアニメファンにどのように受け取られているのかが気になるところだ。おそらく、初見の人にはピンとこないのではないかと思う。似たような話として、失恋したときに髪を短く切る日本人女性がいるが、フランス人にはピンとこないと思う。これについて、ある若いフランス人女性に質問してみたところ、いろいろなアニメを見ていれば、日本ではそれが「お約束」なのだということが分かる、とは言っていた。耳掃除もおそらくそんなところだろう。
耳かきと同じく、孫の手もフランスでは見かけないなと思っていたのだが、インターネットで検索してみたところ、こちらは「gratte-dos(背中掻き)」という直接的な名前でオンライン販売されていた。ただし、その大半がステンレス製で、まさに熊手のような形をしており、筆者が思い描いていた孫の手とはちょっと違っていた。これもウィキペディアからの受け売りだが、17、18世紀のヨーロッパでは、象牙製や貴金属で装飾を施された孫の手が貴婦人に使われていたらしい。当時の貴婦人たちは毎日入浴するわけではない上、オーダーメードの下着を着けており、毎日は着替えなかったので、シラミがわくことがあって、頻繁に背中を痒がったのだという。彼女たちは華やかな外見の裏で苦労していたわけで、同情を禁じ得ない。ただし、孫の手に関して妻に聞いてみたところ、筆者と一緒に日本に行ったときに初めて見たと言っていたので、フランスでは一般的なものではないようだ。なので孫の手も、フランスにはないものと言っていいのかもしれない。
こちらはよく知られているし、紹介するまでもないが、フランスには銭湯がない。bain public(直訳すると、公衆浴場)というものはあり、例えばパリやリヨンなどの大きな都市では、bains douchesという公営の個室シャワーが無料で提供されている。しかしこれは、どちらかというと衛生上の必要性を満たすための最低限のもので、電気風呂や水風呂といった各種浴槽があったり、いろいろなサービスが提供される日本の娯楽性の高い銭湯とはまったく違うものだ。また、民間のbain publicの中には同性愛者の出会いや性的交渉の場としての側面もあるようで、日本のように一般の人たちが行くようなものではないそうだ。
フランスにも温泉はあるのだが、湯治目的のものばかりで、日本のようにレジャーとして楽しむという習慣はない。そのため、温泉地は、どちらかというとお年寄りが多い傾向がある。そもそもフランス人は、湯船には浸からずにシャワーだけで済ませる人が多く、浴室にバスタブがない家庭も多い。これに関しては、高温多湿の日本と、ほとんど湿気がなく暑くてもカラッとしているフランスでは、入浴の必要性そのものが大きく違うという話もある。それを勘案しても、日本人の風呂好きは世界でも突出していると思う。フランス人は世界の中では平均的、あるいは平均以上ではないかという気もする。また、雨の多い日本とそれほど雨の多くないフランスでは、水という資源に対する感覚が違い、水の利用が控えめになるということもあるかもしれない。
温水洗浄便座は、筆者がフランスに来た頃にはなかったが、日本に行ったことのあるフランス人が増えるにつれて普及が進んでいるようだ。しかし、これも、現状では話のネタになるぐらいという程度にとどまっている。わが家のトイレは簡易的な温水洗浄便座だが、遊びに来たフランス人たち、特に子どもたちには驚くべきもののようで、トイレに集まってワイワイ騒いでいるのを目にしたことがある。しかし、筆者も日本で初めて温水洗浄便座を使ったときには結構驚いた覚えがあるので、似たようなものかもしれない。今では逆に温水洗浄便座でなければ駄目になってしまい、フランスで旅行するのが億劫になるという副作用(?)に悩まされている。トイレに関する一般的な発達程度は、風呂と同様、日本は突出していると思う。日本に行ったことのあるフランス人に聞くと、日本のトイレの中にはホテルの一室ではないかと錯覚しそうなものがあったと、驚きを語っていた。これについては、いろいろなところですでに語られているので、筆者が言うまでもないだろう。
筆者は、フランスでは果物の缶詰が売られているのを見かけないと思っていたが、翻訳仲間の女性たちによると、スーパーマーケットの缶詰コーナーではなく、お菓子コーナーの横などに置いてあるらしい。おそらく、製菓の材料という扱いのようだ。彼女たちから言われたので近くのスーパーマーケットで探してみたところ、ジャムなどが置いてある棚の下に、目立たないけれど確かに置かれていた。ただし、ミカンの缶詰だけは本当に売られていないようで、女性たちも口をそろえて見かけないと言っていた。これは、温州ミカンが日本原産(鹿児島県らしい)とされており、フランスではあまり生産されていないからではないか(フランスではクレモンティーヌというミカンに近い柑橘は、コルシカ島を中心に栽培されている)。その代わり、彼女たちによるとイチゴ缶が売っているらしいので、是非一度食べてみたいと思っている。なお、缶詰にすると生の果物とは異なる独特の味になるので、お菓子の中には、生の果物ではなく缶詰を使った方がよい場合もあるそうだ。
これもまたよく知られていることだが、フランスには、日本の冬の風物詩であるこたつがない。フランスは椅子とテーブルの生活なのでこたつは馴染まないと思うが、フランスに来たばかりの頃はこたつが恋しかったものだ。フランスに住んでいる日本人の中には、日本からこたつを取り寄せる人もいるそうだが、送料が非常にかかりそうな上、日本とは電圧が違うので大型の変圧器を買わねばならないことなどを考えると、筆者にはそこまでの根性はない。そう言いつつ、炊飯器用には大型変圧器を買ったのではあるが……。ただ先日、インターネットで、猫用こたつというのを見た。あれはひょっとすると、フランスの猫たちの間でヒットするかもしれない。人間も足だけなら入れられそうなので、足用こたつにならないだろうかと思ったが、実用的ではなさそうである。
日本にあってフランスにはないものは、レトルト食品(アジア食品店での輸入物以外では見かけることがほとんどない。フランスではパン食が主流であり、ご飯に何かをかけることがないからだろう)や、学校制服(ごく一部の私立学校にはあるらしいが、筆者は見たことがない)など、他にもいろいろあるが、最後に一つ挙げるとすると、電動式やハンドル付きの鉛筆削りになるだろうか。これに関しては、筆者はフランスに来たばかりの頃から、なぜ使われていないのか不思議に思っていた。そこで、フランスで最初に住んだ家の大家さんの息子さん(当時小学生)向けに日本から持ってきてプレゼントしたところ、とても喜んでいたので、需要はありそうな気がする。
フランスにはない理由としては、翻訳仲間の女性から、フランスの鉛筆の質が悪すぎて日本のような鉛筆削りには耐えられないのではないか、という指摘があったが、筆者はこの意見に結構納得している。なぜかは知らないが、フランスの文房具はイマイチなものが多い。消しゴムは消えにくいし、ボールペンはすぐ書けなくなるし、鉛筆もチープで貧弱だ。もう少ししっかりしたものであるとありがたいのだが。ただ、別の翻訳仲間の女性は、フランスでは小学生でもボールペンや万年筆を使うので、鉛筆の需要があまりないからかもしれない、と言っていた。それも一理あるかもしれない。しかし、鉛筆を使う人もそれなりの人数がいると思うので、鉛筆削りはフランス人向けのいいお土産になるのではないかと思っている。
※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。
(初出:MUFG BizBuddy 2025年7月)