アフリカの国マダガスカルは、フランスの旧植民地で、今でもフランス語が公用語の一つだ。しかし、二つの国にはまったく異なる風景と文化が広がっている。本稿では、フランスから見たマダガスカルを中心に紹介する。
アフリカ大陸の南東沖に位置するマダガスカル島は「赤い島」と呼ばれる。日本の1.6倍ある大地には、ラテライト(紅土)が広がる。森林伐採などによって年々土壌がむき出しになり、かつての緑の島は赤い島となった。インド洋に浮かぶマダガスカルは、アフリカの国ではあるものの、アフリカ大陸までの距離は約400kmある。東京=大阪間の直線距離に相当する。国には周辺島嶼も含まれるが、国土の大部分を占めているのは表面積58万km2のマダガスカル島で、グリーンランド島、ニューギニア島、ボルネオ島(カリマンタン島)に次いで世界で4番目に大きな島だ。大まかに東部沿岸部、中央高地、西部沿岸部の3つの地域に分かれており、東部は高温多湿の熱帯性気候、首都アンタナナリボのある中央高地は温暖な気候、西部は乾燥した熱帯性気候となっている。
マダガスカルの人口は約2,961万人(2022年)。キリスト教徒が大半を占め、イスラム教徒は少数派。同時に伝統宗教も人々の間に浸透している。青空市場には色とりどりの食べ物が並んで活気があるが、国民は貧しく、貧困率は農村部で約80%、都市部でも約55%とされる。マダガスカルは1896年にフランスに植民地化された。普仏戦争に負け、1871年にアルザス=ロレーヌ地方を失ったフランスが(アルフォンス・ドーデの小説『最後の授業』が有名だ)、国威を維持するため、海外に活路を見いだそうとしていた時代である。マダガスカルは1960年にフランスから独立したが、現在でも公用語はマダガスカル語とフランス語の両方だ。
2025年4月、フランスのマクロン大統領が就任後、初めてマダガスカルを公式訪問した。大統領訪問を機に、メディアは両国間のデリケートな諸問題についても報道した。たとえば、マダガスカル王トゥエラとサカラヴァ族の戦士の頭蓋骨返還問題(植民地化以来、2人の頭蓋骨はパリの博物館に保管されてきたが、マダガスカルの要請で2025年中に返還される見通し)や、フランス領インド洋無人島群領有権問題(ユローパ島、グロリオソ諸島、フアン・デ・ノヴァ島。植民地化の際にフランス領となり、マダガスカル独立時にもフランス領のままであったが、マダガスカルは返還を要請)などだ。しかし、両国は通商面や防衛面でも結び付きが強く、大切なパートナー関係にある。
実際、フランスに住んでいると、マダガスカルの名を耳にすることが度々ある。フランス人のお気に入りの観光地であり、筆者の子どもの同級生にもマダガスカル系の子どもたちがいる。マダガスカル産のバニラビーンズもとても有名だ。しかし、フランス人がみなマダガスカルをよく知っているわけでもないようである。数人にマダガスカルについて何を知っているか聞いたところ、面白い動物がいる、変わった風景がみられる、マダガスカル人の名前の長さなど、極めて断片的な情報を挙げてきた。
大ヒットしたCGアニメーション映画『マダガスカル』にもいろいろ出てきたが、面白い動物というのにはうなずける。国獣「ワオキツネザル」からして独特だ。日本でも人気者だが、長いしま模様の尻尾がとてもかわいらしいマダガスカルの固有種で、モフモフとしておりタヌキの血が混じっていると思わされるような外見のサルだ。人間のように座って腕と脚を開き、おなかを突き出して日光浴する姿が何とも言えない。マダガスカルで生息する動植物の約9割が同島の固有種とされ、聞いている分にはワクワクするが、よそにいないということは絶滅の危機にもさらされやすいので心配だ。これまた島にしかいない、横っ飛び走りをするサル「ベローシファカ」も強烈な印象を残す。
「おさるさんだよ~、しっぽの長い~」と日本の童謡に歌われた「アイアイ」もマダガスカル固有の霊長類である。アイアイについて初めて記述がみられたのは18世紀のフランスの探検家・博物学者ピエール・ソヌラが1782年に出版した旅行記『東インドと中国への旅』の中だ。童謡の愛らしい印象とは逆に、実物はかなりシュールで、不釣り合いに大きな耳やコウモリのような形相が怖い。夜行性のアイアイは、マダガスカル人にとっては不吉な動物であり、悪魔の使いで、その異様に長い中指で呪いをかけると信じている人もいるそうだ。
マダガスカルといえば、まず、バオバブの木が頭に浮かぶ人も多い。サン=テグジュペリの『星の王子さま』にも登場するあの特異な形の大木だ。世界で8種あるバオバブのうち6種はマダガスカル固有のものだともいわれ、余計に「マダガスカル=バオバブ」のイメージが強くなっているのだろう。だが、マダガスカルには、国土の1割まで減ったものの熱帯雨林もあり、奇岩地帯もあり、都市もある。火星が赤一色ではないのと同様に、バオバブで埋め尽くされているわけではない。しかも、マダガスカル島のバオバブは、気候変動や土地開発などに伴い、絶滅の危機に向かっていると聞く。
一方、確かにマダガスカル人の名前は長いことが多い。落語「寿限無」に出てくる「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょの……」くらい長い。いまの大統領はラジョリナ大統領だが、その前はラジャオナリマンピアニナ大統領で、フルネームはラクトゥアリマナナ・ヘリー・マーシャル・ラジャオナリマンピアニナだ。長い名前はいくつかのパーツで構成されており、例えばアンドリアは「○○な者」、ナリは「子どもに恵まれますように」といったように、寿限無の「長久命の長助」同様、説明や願いを込めた言い回しが組み込まれることで名前が延伸するらしい。フランスの名前のように複数の要素をトレデュニオン(ハイフン)で区切って連結しないことも、名前が長く見える一因だ。ちなみに17世紀のマダガスカルの王Andriantsimitoviaminandriandehibeの名は、「偉大なる高貴な者の中の、比類なき高貴な者」を意味しているそうだ。
マダガスカルには2000年前に東南アジアから流れ着いた人々が、アフリカ大陸から来た人々と交わったことで、独特の文化が生まれたといわれている。主食が米というのにも、アジア人の一人として親近感が湧く。マダガスカルには平地の水田はもとより、棚田も広がっている。今では稀になったようだが、先祖の遺体を墓から取り出して新しい布で包み、みんなで運び踊る再埋葬儀式「ファマディファナ」も、盆踊りを踊り、キュウリとナスの精霊馬で先祖を迎えてまた送り出す日本人と、通い合うものがあるように感じる。
とある在フランス・マダガスカル人一家に、マダガスカル島での食事について尋ねてみた。大人になるまで島で暮らしていた人たちだ。「かならず家族全員そろって食卓につき、脂っこいおかずと大量の炊いた米を食べる」という返事が返ってきた。脂っこいおかずというのは、しっかり火を通して味付けした牛肉や豚肉料理などのことで(コレステロールが高く肥満の元らしい)、これと一緒に、おかずの量に見合わないほど大量の米を食べるのだという。キャッサバの葉と肉を煮込んだ「ラビトト」や、三角形にからりと揚げられたサモサ「サンボス」などが食卓の定番だという。スパイシーな炒め物も好まれる。肉のメニューが多いが、食べる肉の量は家計の懐具合に応じて増減し、海に近い地域ではしばしば魚が食卓に並ぶ。アチャール・サラダ(アチャールは、インドやネパールなどで食べられる、野菜や果物などをスパイスや油、酢などで漬けた漬物。島にはインド人が多く住んでいる)を食し、首都アンタナナリボには中華料理屋がたくさんあるなど、さまざまな食文化が入り交じっている。
「食事は家族みんなで」が基本だが、そうもいかないケースもある。たとえば都市の公共交通手段は遅れがちなうえ気まぐれで、通勤者は朝早く家を出なければならない。そのため、路上で朝ご飯やコーヒー(うんと薄くて甘い)を売っている屋台の数々にお世話になる。朝食には焼き餅のような「ラマノナカ」、甘くて脂っこいドーナツのような「ムナケリ」などを食べる。おかゆのようなトロトロのご飯「ファリ・ススア」も定番だそうだ。
この一家には、マダガスカルの民話に巨人「ラペト」の話や、子どもを食べる鬼「トリモベ」の話があることも教わった。それから、「オハボラナ」と総称される格言がマダガスカル特有の文化の一つであることも教わった。しばしば古マダガスカル語で書かれており、時に禅問答のようで、補足の説明がなくては理解できない。たとえば「Ondry: Manao Katro-Doha, Amboa: Mifanaikitra, Saka: Mifandrangotra, Samy Ady Fa Tsy Mitovy」。直訳すれば「羊:頭突きする、犬:かみ合う、猫:引っかき合う、みな争っているが、同じではない」だ。そのままの意味は理解できるが、格言として何を言いたいのかはよく分からない。これは、「人にはそれぞれの戦い方がある。外からは争っているように見えても、当事者にとっては対立を鎮めるための自然なやり方かもしれない。それぞれの違いを理解して受け入れることが大切だ」というような意味らしい。動物たちが張り合う光景だけが頭に浮かんでいたが、もっとずっと深い意味が込められていた。
フランスから約8,500kmも離れたマダガスカル。フランス語が通じながらも、異国情緒たっぷりなところが旅行先として人気の所以だろう。この文章を書くに際し、フランス人の友人からマダガスカル旅行の時の写真を送ってもらった。島を何度も訪れ、パッケージツアーに同行せずに気ままな旅を重ねている男性だ。開封したところ、そのうち数枚は元パートナーの女性が笑顔でマダガスカル料理を食べている写真だったので驚いた。時がたち、二人で行ったマダガスカルの旅を懐かしく思い出せるようになったのだろうか。鮮やかな色のエビ、大きなバナナの葉、こんもり盛られた野菜料理がレストランのテーブルに並んでいる。撮影された場所が「赤い島」だからか、昔に撮ったものだからか、旅行写真は全体にどことなく寂し気な赤色が漂い、遠い夢物語のようで印象的だった。
(初出:MUFG BizBuddy 2025年6月)