フランスには、日本と比べてランジェリー専門店が非常に多いように思われる。その理由を、ランジェリー業界の統計などを基にして考えてみたい。また、その考察を通して、フランスのランジェリー業界について紹介する。
筆者がこのテーマで書こうと思ったのは、単純に、筆者が、あるランジェリー専門店の上階に住んでいるという非常に安直な理由からである。そして、我が家がある通り(せいぜい長さは150メートルほど)に、なぜかランジェリー専門店が4軒もあるということに興味を引かれたからでもある。50メートルほど歩くたびにランジェリー専門店があるわけだが、これを半径300メートルにまで広げると、先の4軒を加え10軒に達する。筆者が地方都市の中心部に住んでいることを加味しても、いくらなんでも多すぎるような気がする。
筆者は、学生時代は日本の京都市に住んでいたのだが、ランジェリー専門店はそれほどなかったと記憶している。試しに検索してみたところ、私が住んでいた下宿の周りでは、500メートルほど離れたところに1軒あるだけだった。京都市全域でさえ、独立した専門店は、ショップインショップを除くとさほど多くない。現在、私が住んでいるフランスのある都市の人口は16万人足らずで、都市圏全体でも43万人強にすぎない。それに対して、京都市は市内だけで143万4956人(2025年5月1日現在)に達していることを考慮すると、私が住んでいる都市のランジェリー専門店の多さは驚くべきものといえるだろう。では、パリはどうかというと、筆者は滅多にパリに行かないのでピンとこないのだが、検索してみると、パリ中心部だけで数え切れないほどある。
なぜ、フランスにはこんなにランジェリー専門店が多いのか。思いを巡らせていたところ、あるウェブサイト(https://www.elle.com/jp/fashion/fashion-column/a41538451/frenchlingerie-brand-2210/)で、以下のような文章に出会った。
「パリの街を歩くと気付くのが、ランジェリーショップの多さ。百貨店の下着売り場の広さも日本とは桁違い。そこで見られるのは、真剣に下着を選ぶパリジェンヌの姿。それは若い女性だけでなく50代・60代と思われるベテランの女性たちも同様。なぜなら、彼女たちにとってランジェリーはファッションの一部であり、自己表現の手段だから。人の目に触れずとも自分の身体にも心にもフィットするランジェリーを身に着けることで自信が生まれ、その年齢にふさわしい色香が漂う……」
しかし、男性である筆者には、フランス人女性の方が日本人女性よりもファッションに関して意識が高いとは思えない。むしろ、日本人女性の方が、流行に敏感ではないか。一部を除いては、フランスではわかりやすいファッションの流行というものはなく、みんながそれぞれ好きな服(ランジェリーに関しては知らないが)を着ているような気がする。それこそが、フランス人女性の意識の高さを表しているともいえるかもしれないが……(すべて個人的感想である)。
なお、上の部分を執筆した後、念のため、近くの百貨店に行ってみたところ、最上階のフロアがすべてランジェリー売り場だったのには驚かされた。あまり男性が1人でうろつくところでもないので、ランジェリー選びをする女性たちを詳しく観察することはできなかったが、これだけ多くの専門店があることからすると、上の文章も、少なくともランジェリーに関しては、的を射たものなのかもしれないと今では思うようになっている。
フランスのランジェリー業界の統計を当たったところ、業界売上は、2024年1-10月期で20億8000万ユーロに達していた(https://fr.fashionnetwork.com/news/Le-marche-de-la-lingerie-en-france-pese-plus-de-2-milliards-d-euros,1691957.html)。これから計算すると、年間売上はおそらく24億ユーロ超とみられる。一方、日本のランジェリー業界の年間売上は、2022年には5,535億円(https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3379)で、現時点の為替レートでは約38億ユーロだ。日本の人口は2024年1月1日時点で1億2488万人あまり、フランスの人口は同時点で約6,837万人で、フランスは日本の半分を上回る程度である。人口の違いを加味すると、両国のランジェリー市場はほぼ同規模とみていいようだ。
しかしながら、国民1人当たり購買力平価国内総生産(GDP)2024年時点のランキングをみると、フランスが6万3698ドル(世界28位)であるのに対し、日本は5万2713ドル(同40位)にすぎず(https://www.globalnote.jp/post-12805.html)、日本人女性のランジェリー支出が購買力に占める割合は、実はフランス人女性を上回っているようだ。日本人女性は、購買力がフランス人女性よりも小さいながら、ランジェリーに多く支出しているといえる。ただし、これらの統計では、例えば、パンティストッキングやパジャマが一方だけに含まれていたりと、対象製品の範囲が異なっていたりする。そのため、正確な比較は難しく、ある程度の目安と考えるべきかもしれない。
では、なぜフランスではランジェリー専門店が多いのだろうか。おそらく、フランスのランジェリー市場が、日本よりも細分化されていることが理由ではないかと思われる。フランスのランジェリー市場最大手とされるのは、Etamという専門店チェーンで、シェアは11%(2024年3月時点)であり、若い女性向けのセカンドラインUndiz(3.4%)を含めても14.4%だ。以下、ルクレール(8.7%)、RougeGorge(6.4%)、カルフール(4.3%)、オーシャン(3.4%)、システムU(2.7%)、Darjeeling(2.4%)、キアビ(2.3%)と続く。このうち、ルクレール、カルフール、オーシャン、システムUはスーパー・ハイパー(スーパーマーケットやハイパーマーケットを展開するブランド)であり、専門店チェーンではない。その他のチェーンを含めると、スーパー・ハイパーのシェアは金額ベースで25%に達し、安価品が大半であることから、数量ベースでは他を圧倒している。また、RougeGorgeもオーシャンのオーナーであるミュリエ一族の傘下であり、ショッピング・モール内の店舗展開を主としている。キアビもむしろアパレル・チェーンであり、専門店チェーンはEtam、Undiz、Darjeelingだけといえる。残りを、さまざまなブランド傘下の専門店やさまざまなブランドを扱う独立系専門店が占めているわけだが、独立系専門店のシェアは7.3%に達している。
日本では、ユニクロ(ファーストリテイリング傘下)とワコールがそれぞれ20%程度のシェアを持ち、3位のしまむらも16%程度と、この3社だけで市場シェアは56%に達する。その上、ユニクロとしまむらは店舗内販売で、専門店での販売はない。フランスと比べて、専門店チェーンや独立系専門店が少ないわけだ。フランスには、国内ブランドだけでなく、欧州各国から高級ブランドが多く参入していることも、専門店が多い理由かもしれない。
有名なランジェリーブランドとしては、フランスのオバドゥ、リズ・シャルメル、シモーヌ・ペレール、シャンタルトーマス、イタリアのラペルラ、インティミッシミ、スペインのアンドレ・サルダが挙げられる。これらのブランドは、自らのブランドの下で専門店を展開するケースがあるようにみられる。たとえば、フランスでも高級ランジェリーとして著名なオバドゥは、フランス国内に専門店を含む1,500の販売ポイントを擁しており、世界70カ国で売上の50%を上げている。イタリアブランドのインティミッシミも、フランスで専門店チェーンを展開している。
ただし、これらの専門店チェーンは、一部を除いては国内生産していない。たとえばEtamは、フランスにはプロトタイプ(試作品)製造工場を持つだけで、アジアと地中海周辺諸国で生産していたが、2020年末になって透明性確保のためとして、年間3,600万枚に及ぶ同社の販売の大半は中国生産だと認めた。オバドゥも、プロトタイプ製造はフランスで行っているが、大半はチュニジアで生産しているという。
かつてはフランス業界第2位だったメゾン・レジャビーは、当初は国内生産を主とし、2000年代には1,000人を超える従業員を擁していた。しかし、ファストファッションの波に押され、生産拠点の段階的な国外移転を余儀なくされた末、2010年代後半には従業員数が100人程度まで落ち込んだ。加えて、2024年には、ロシアによるウクライナ侵攻の影響(ウクライナは同社の売上の30%を占めていた)に直撃され、会社更生法の申請を余儀なくされた。フランス・ランジェリー業界でも、他のアパレル業界と同じく、低コスト国への生産拠点の移転は避けがたいようだ。
フランス・ランジェリー市場のトレンドについて筆者は門外漢だが、レースがふんだんにあしらわれたゴージャスなものが多いように思われる。だが、いくつかの専門ウェブサイトを参照したところ、近ごろは官能的な「ウルトラ・セクシー」と快適さを追求したウェルネスという二極化が起こっているようだ。後者については、新型コロナ危機によるロックダウンが決定的な契機になったもよう。確かに、当時はブラジャーを着けない女性が大幅に増えたことが話題になっていた。気楽で快適ということだろうが、その流れで、コロナ禍後の日常に回帰した後も着心地が最優先される傾向が強まったのだろう。いわれてみれば、我が家の階下にあるランジェリー専門店のショーウィンドウも、以前のようにレースを贅沢に使った製品よりも、よりシンプルなデザインのものが増えたような気がする。
一方、「ウルトラ・セクシー」に関しては、オンライン・ショップで男性でも簡単に買えるようになったことから、恋人や妻へのプレゼントとして男性が買うケースが増えたのかもしれないと想像している。
なお、本稿を書くにあたっての資料集めの際に、現在のブラジャーの原型が、エルミニー・カドル(Herminie Cadolle)というフランス人女性が発明した「コルスレ・ゴルジュ」であることを知った。彼女は、パリ・コミューン(1871年にフランスで発生した、世界で初めての労働者政権の成立を目指した革命)に参加したパワフルな女性だが、1887年にアルゼンチンに移住し、ブエノスアイレスでランジェリーショップを開店。「女性の体を、ひいては女性の心を解放するため」として、コルセットを2つに切り離し、上部が現在のブラジャーとほぼ同じ形の「コルスレ・ゴルジュ」を発明した。
その後、彼女はパリに戻り、「コルスレ・ゴルジュ」の特許を申請するとともに、今も続くランジェリー専門店メゾン・カドルを創業した。彼女の「コルスレ・ゴルジュ」は大々的な普及には至らず、その後、米国のメアリー・フェルプス・ジェイコブが現在の形のものを発明し、1914年に特許を取得した。そのため、ブラジャーの発明者は彼女とされている。当初は女性の体を解放するために発明されたブラジャーが、1970年代には女性を拘束するものの象徴として、一部のウーマンリブ活動家により敵視されたのは、歴史の皮肉といえるかもしれない。
※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。
(初出:MUFG BizBuddy 2025年5月)