最近、フランスで比較的長距離の引っ越しを経験した。その時の体験を語りつつ、フランスの不動産事情ならびに引っ越し事情について紹介する。
筆者は2024年、フランスでの滞在期間が、日本で生まれてから生活した期間を超えた。日本ではずっと実家住まいだったので、一度も引っ越しをしたためしがない。そのせいか、子供の頃は、引っ越しを通じていろいろな土地の魅力を発見することに、憧憬を抱いていたものだ。それが、どうしたわけか、フランスにやってきてからは引っ越しを繰り返す羽目になり、逆に「わが安住の地はいずこ?」と辟易するのだから不思議である。
フランスでまず、たどり着いたのが、ロワール古城めぐりの中心地である中西部の都市トゥール。そこから国際指揮者コンクールで知られる東部のブザンソンへ。その後、再びトゥールに戻った後、首都のパリへ移り、さらにベルギーに近い北部のリール、ドイツ国境に位置し欧州議会もある北東部のストラスブールを経て、南東部の最先端科学技術都市として知られるグルノーブルにやって来た。グルノーブルではアパートを購入し、当初は長期間腰を据えるつもりだったのだが、10年強の滞在後、さまざまな理由から再びストラスブールに舞い戻ることにした。その時の経験について振り返ってみたいと思う。
グルノーブルからストラスブールへの引っ越し
今回の引っ越しは、これまでとはかなり異質な体験となった。それには二つの理由がある。これまでは、ほとんどが賃貸から賃貸へという引っ越しだったのに対し、今回はグルノーブルのアパートの売却を同時進行しなければいけなかったこと。そして、グルノーブルでの10年強の滞在中、以前に比べて所有物が爆発的に増加していたことである。
グルノーブルからストラスブールへ。直線距離では400キロメートル強だが、その直線上にはアルプス山脈、ジュラ山脈、ヴォージュ山脈が立ちはだかるため、これらの山々を迂回すると500キロメートルを大きく超える距離になる。自動車では5時間強、電車では6時間強かかる。以前、ストラスブールからグルノーブルへ引っ越した時は、自分で中型トラックを借り、荷物を積み込んで輸送すれば引っ越しが完了するという気楽なものだった。しかし、今回は大型家具などもいくつかあるため、そうはいかない。業者に頼まねばならないだろう。フランスでこうした大掛かりな手続きをするたびに、いろいろなトラブルが起こるのが常であり、今回も相当な苦労が予想され、それを考えるだけで頭が痛んだ。
賃貸か、持ち家か?
もろもろの具体的な計画を立て始めたのは、2023年冬のことだった。まず考えたのは、ストラスブールに引っ越した場合、賃貸にすべきか持ち家にすべきか、という問題である。これは比較的簡単に結論が出た。ストラスブールの方がグルノーブルよりも明らかに住宅価格が高いのだ。パリ(1平方メートル当たり平均9,200ユーロ)、エクサンプロバンス(同5,350ユーロ)、ニース(同5,100ユーロ)、リヨン(同4,800ユーロ)、ボルドー(同4,400ユーロ)といった大都市や観光都市に比べればだいぶ割安であるものの、2025年4月時点の数字で見ると、グルノーブルは同2,500ユーロ強であるのに対し、ストラスブールは同3,700ユーロ強である。
人口比では、グルノーブル中心部が16万人弱であるのに対し、ストラスブール中心部が29万強。交通の便で比べても、グルノーブルからパリまでが電車で4時間弱かかるのに対し、ストラスブールからパリまでは2時間弱。これらはあくまで単純な比較で、そのほかにもさまざまな要因があると思うが、都市の規模や交通の便についてはストラスブールに軍配が上がり、地価を押し上げているということだろう。いずれにせよ、ストラスブールにおいて、グルノーブルと同じ条件でアパートを購入するには資金が足りない。また、グルノーブルのアパートの売却が遅れた場合、ストラスブールでの購入資金が確保できずに立ち往生する恐れもある。そこで、まずは賃貸に住むことにした。
デブルイヤルディーズ
グルノーブルのアパートを売却するに当たって、一体どういう手続きを経ればよいのか。知り合いにたずねてみたところ、フランスでは有名な中古品売買サイトを通じて自分で売りに出せばよい、との返事が返ってきた。不動産業者に依頼すると多額の手数料を取られるし、不動産業者自身もその中古品売買サイトに出品しているのだから、自分でしたほうがましだという。このように「自分でなんとかしてしまうこと、要領がよいこと」をフランス語でdébrouillardise(デブルイヤルディーズ)、「自分でなんとかしてしまう人、要領がよい人」をdébrouillard(デブルイヤール)といい、特に後者は日常的によく聞く言葉だ。
2024年10月3日付のフランス経済紙レゼコーの報道によると、インフレが購買力を圧迫する中で、フランス人には貧富に関わらずより割安なものを求める傾向が強まっており、中古品の売買をはじめとする「自らなんとかしてしまう経済(économie de la débrouillardise)」が消費形態の中で大きな地位を占めるようになっているという。
フランス世論研究所(IFOP)のアンケート調査によれば、1年に1回は中古品を売却または購入する、と答えた人は全体の半分に上った。また、中古品を自ら販売したことがある、と回答したフランス人は70%に上り、ドイツ、中国の57%、米国の52%を上回っているという。もちろん、中古品取引の中心は衣服、玩具などであるが、不動産の購入や売却にも、こうした波が押し寄せているということであろうか。
しかし、いくらフランス滞在経験が長くとも、私にはフランス人の「自分でなんとかしてしまう」能力はとてもマネできないので、大手の不動産業者に売却手続きを依頼することにした。こうして正式に委託できたのが2024年春のこと。引っ越し構想を立ち上げてから、すでに半年弱ほど経過していた。
アパート診断
この間、何をしていたかというと、さまざまに逡巡して油を売っていたというのが真相だ。しかし、アパート売却にあたって不可欠な手続き「Diagnostic de performance énergétique:DPE」をはじめとしたアパートの診断手続きをしていたこともあったのである。DPEはエネルギー診断というもので、アパートを、エネルギー消費、温室効果ガス排出量に応じて最高ランクのAから最低ランクのGに分類する。DPEで分類がF、Gのものは、断熱性が非常に低く、つまり夏は熱帯並みの暑さ、冬はシベリア並みの寒さとなり、フランス人が「熱のざる(passoire thermique)」と呼ぶ類いの住居である。こうした質の悪い住居の賃貸は2025年から2028年にかけて段階的に禁止される予定となっており、2034年には禁止措置がランクEの住居にも拡大される予定である。
貧乏学生をしていた昔は、いわゆる「召使いの部屋(chambre de bonne)」とフランス人が言うところの屋根裏部屋で震えながら布団にくるまって「春よ来い」とつぶやきつつ冬をやり過ごしたり、部屋の片隅にある穴からひょいと頭を出したネズミと目があったりしたものだ。しかし、きっとあのような部屋も、今頃は賃貸市場で生き残るために断熱リフォームされて、快適な部屋へと生まれ変わっているだろう。
DPEに加え、シロアリ、アスベスト、鉛の存在を調べる診断、電気、ガスの安全の診断、自然災害の危険性の診断といった手続きが義務となっている。これらは、診断士がまとめて実施してくれる。知り合いに診断士を紹介してもらい、診断に来てもらうまでに約2週間。診断士の人はまったく違う業界から転職したばかりで、以前の職では日本でもしばしば仕事をした、とのことで話もはずんだ。最後に、「それぞれの診断には有効期間があり、一部は半年しか有効ではないことに注意が必要ですよ」とのアドバイスを受けた。
ストラスブールでの賃貸
そうこうするうちに、2024年も夏が迫ってきた。私は、フランスの新年度が始まる9月までの引っ越しを目指し、夏前にストラスブールでの賃貸物件を探し始めた。世界中どこでもそうだろうと思うが、家探しはいつでも難しい。500キロメートル以上離れた場所の家探しとなると、なおさらである。5月末から6月頭に2週間ほどストラスブールを訪問する機会があったので、その機会に決めてしまうことにした。ここでも、自分の「自分でなんとかしてしまう」能力に自信の持てない私は、大手不動産業者を経由することにした。
だが、気に入った物件は、あっという間に貸し出されて広告から消えてしまう。業者によれば、学期末を控え、ストラスブールでは6万人近くとされる学生との競争が激しい季節になってきた。そして、滞在の終わりごろにようやく訪問できたのは、エネルギー診断Gというまさに「熱のざる」そのものの物件だった。何から何まで老朽化の目立つアパートだったが、「窓は夏の間に二重窓に付け替えられるので、随分ましになりますよ」という業者の言葉を信じて、7月からの入居を予約することにした。
市場の沈滞
さて、グルノーブルのアパート売却に関してせっかく大手の業者と契約したのだが、一向に購入者が現れる気配がない。業者からは「設定した価格が高すぎたかもしれません(注:価格は業者との話し合いを経て設定される)、ここは我慢して値下げしては」と言われる始末である。実際、フランスの中古住宅取引市場は、2021年8月時点では120万件とピークに達していたのが、その後、金利上昇を背景に凋落、2024年春時点で80万件を割り込み、2015年以来最低の水準に落ち込んでいた。グルノーブルにおいてもその傾向は同じで、アパート売却に至るまでにかかるとされる期間は、2021年夏時点では50日前後だったが、長期化を続け、私が売却を目指していた2024年春時点では平均70日程度まで伸びていた。
引っ越し
グルノーブルのアパート売却が進まないのはともかく、ストラスブールの賃貸物件は決まったので、引っ越しの準備を初夏に進めることになった。コストを下げるために、片付け、箱詰め作業は2週間ほどかけて自分でした。国立統計経済研究所(INSEE)の調査によると、フランスでは近場への引っ越しが多く、2020年時点で同じ都市圏内での引っ越しは全体の7割を占めるという。私のように100キロメートル以上の距離の引っ越しは、全体の17%と少数派であるらしい。
また、IFOPの2024年の調査によると、引っ越す人の39%が業者に依頼する、と回答した。残りの61%の人は、親類や友人の助けを借りて「なんとかする」のであろう。最近は、不動産業者も市場の不振に対応して業種の多角化を進めているようであり、その一つの形態が引っ越し支援サービスの提供である。私も、ストラスブールのアパートを管理している不動産業者が提供している「入札サービス」を利用した。これは、不動産業者が、提携している引っ越し仲介業者と提供しているもの。引っ越し時期と輸送しなければいけない物品のサイズをこの仲介業者に伝えると、この条件を基に入札を実施してくれ、これに引っ越し業者が応札。この中から最も安価な業者を選べる、というシステムである。
しかし、私はここでも学生たちとの競争に苦しめられることになった。新学期を前にして、夏は引っ越し業者にとって書き入れ時であり、入札を経ても値段はかなり高くついたのである。とはいえ背に腹は代えられぬ。なんとか業者を見つけることができただけでよしとしなければならない。引っ越しは真夏に無事に完了した。ちなみにグルノーブルのアパートから荷物を引き取りに来てくれたのは、ルーマニア北部から来た陽気な2人組だった。2024年10月29日付のフランス・ルフィガロ紙は、ブルターニュ地方の食品加工工場において、2000年代以降、ルーマニア人が労働力不足を補う貴重な戦力となっている、と報道している。引っ越し業界においても、同様の現象があるのかもしれない。
やるじゃないか、フランス
グルノーブルからストラスブールへの引っ越しを終えて約半年。グルノーブルのアパートにとうとう買い手がついた。一部のアパート診断の有効期限が切れて、日本好きの診断士さんにやり直しに来てもらうことになったのはごあいきょう。2025年4月、無事に売却が完了し、構想から1年半弱を経て、長距離引っ越しの個人的一大プロジェクトは大団円を迎えた。もちろん、この間には、インターネットプロバイダーや電力会社との解約と新たな契約、フランスの複数当局への住所変更通知など、さまざまな手続きがあった。
全体として言えるのは、以前の引っ越しと比べて多くの手続きがオンラインでスムーズにできるようになり、また、対人サービスも向上した点である。引っ越しというといまだに思い出すのが、もう20年以上も前、10キログラム超えの重い段ボール箱を必死でブザンソンの郵便局に持って行ったところ、受け付けた職員にひどい嫌味を言われたことだ。そして、このような質の低い対人サービスは、かつてフランスの日常に普通に転がっていたように思う。
今回は、一部のコストが予想を上回ったりもしたが、対人関係で嫌な思いをしたことは一度たりともなく、電話で対応してくれた人も、受付で対応してくれた人も、みんな丁寧に接してくれた。もちろん、私のフランス滞在が長くなって知り合いも増え、おかげで「なんとかしてしまう」能力が多少なりとも向上した部分もあるのかもしれない。しかし、ひどい目に遭いそうだ、頭が痛い、と引っ越しに対して思っていた予想がいい意味で外れた。これについては、フランスを心から褒めたいと思う。
参考資料
https://www.seloger.com/prix-de-l-immo/vente/rhone-alpes/isere/grenoble/380185.htm
https://www.seloger.com/prix-de-l-immo/vente/alsace/bas-rhin/strasbourg/670482.htm
https://www.imop.fr/blog/le-marche-de-immobilier-et-ses-tendances/villes-cheres-2024
https://www.grenoblealpesmetropole.fr/267-49-communes.htm
https://actu.fr/grand-est/strasbourg_67482/strasbourg-continue-de-gagner-des-habitants-voici-le-top-10-des-villes-du-bas-rhin_62050785.html
https://www.lesechos.fr/industrie-services/conso-distribution/leconomie-de-la-debrouillardise-rebat-les-cartes-de-la-consommation-2123062
https://www.francebleu.fr/infos/education/rentree-a-l-universite-de-strasbourg-toujours-autant-d-etudiants-et-toujours-des-inquietudes-sur-le-financement-2112977
https://immobilier.lefigaro.fr/prix-immobilier/grenoble/ville-38185
https://www.notaires.fr/fr/article/marche-de-limmobilier-tendances-et-evolutions-des-prix-de-limmobilier-octobre-2024
https://www.meilleurtaux.com/credit-immobilier/actualites/2024-fevrier/enjeux-secteur-demenagement-face-crise-immobiliere.html
https://www.vie-publique.fr/en-bref/293524-mobilites-residentielles-30-des-demenagements-se-font-moins-de-2-km
Et si la diversification des services était la solution à la crise ?
https://www.lefigaro.fr/societes/en-bretagne-les-travailleurs-roumains-ouvriers-indispensables-des-usines-agroalimentaires-20241029
(初出:MUFG BizBuddy 2025年4月)