2021年5月11日 編集後記

投稿日: カテゴリー: 編集後記

5月10日はフランスの戦後で初のミッテラン左派政権が誕生してから40周年に当たった。ミッテランは戦時中にヴィシー政権に参加し、戦後も対独協力の大物と交友関係があるなど、本当の左派と言えるのかどうか疑問だし、簡単に分類しがたい複雑な人物だが、ともかく第5共和制で初の本格的な政権交代であり、長らく野党に甘んじてきた左派に政権担当能力があることを証明する機会が訪れたということで、ほとんど革命的な政治的事件だった。左派といえば「明るい明日」を目指すのが伝統的な姿勢だが、ミッテランを担ぐ社会党のスローガンは「明日を待たずに、今ここで」「Changer la vie」を実行しようという勇ましいものだった。Changer la vieは「人生を変える」「生を変える」「生活を変える」というような意味合いで、ランボーの詩の文句でもある。変革を現実にしようという強い意志が感じられる。一部の既得特権者や富裕層の間では社会党政権の成立に対する強い恐怖感があったものの、新政権が社会の閉塞感を打ち破ることへの期待感のほうが強かったように思う。日本で民主党政権が成立した際に「ようやく真の民主的政権交代が実現!」と持ち上げた各国の進歩系メディアのはしゃぎ方を思い起こすと、40年前のフランスの雰囲気が理解できるかも知れない。期待に反して、ミッテラン大統領が社会党の公約を忠実に履行しようと努めたのは最初の2年半ぐらいで、途中から方針を180度転換した。社会主義の失敗を絵に描いたような債務の膨張とインフレの亢進による経済危機を招いたため、緊縮策への切り替えを強いられた。ただし社会党はこの豹変を通じて自己修正能力を証明し、その後も、議会で多数派を獲得する力を維持し、2人目の大統領(オランド) さえ輩出することに成功した。そこが理念と掛け声だけで終わった民主党との大きな違いだが、オランド後の今は見る影もない。ミッテラン政権の功罪についてはいろいろな議論があるが、大統領自身は隠し子がいたり、(陰謀と呼んでもおかしくない)隠し事が多かった点で、前時代風の政治家だったとの印象が今では強い。そして、それが不思議な懐かしさの一因かも知れない。