EUがロシア当局による人権侵害にどのように対応するか、世界が見守っている。そもそも人権などという厄介な概念を生み出して、世界に広めたのは欧州なのだから、他地域で人権が侵害されれば黙ってはいられない、というのは、よく分かる。しかし、いまのところ、欧州の対露戦略は曖昧極まりない。ロシアから新型コロナウイルスワクチンを買おうと目論んでいる矢先ということもあろうが、最大の障害はロシアからの天然ガス輸入に依存しているドイツの抵抗だ。EUは中国で自動車を売りたいドイツの言いなりになって中国と投資協定で合意し、ロシアからガスを買いたいドイツに忖度して(?)ロシアに制裁を課すことを躊躇している。欧州統合はナチス第三帝国に対する反省から、ドイツの新たな暴走を抑えることを目的に発足したとも言えるのだが、何のことはない、人権重視が全く根付かないドイツ(今のドイツで人権とか民主主義とか言っているのは、ハーバーマスのような理念的な左派だけで、その言説は完全に空回りしている感がある) のなりふり構わない国益追求に踊らされているだけではないのか。ここは一つ、人権宣言の国であるフランスあたりにがつんと言って欲しいところだが、フランスも今は大きな口はきけない。EUのワクチン供給が逼迫している最大の原因は、フランスでの開発計画が全滅したことにある。フランスが予定通りにワクチンを開発し、域内で生産して、加盟国に供給していれば、ロシア製ワクチンに依存する必要もなかっただろう。 こうした事態の重要な教訓は、結局、経済的利害は人権をはじめとする欧州的価値に優先するということだろう。これを現実主義の勝利と歓迎すべきかどうかは微妙なところだが、普遍性を志向したはずの西欧的価値がもはや欧州においてすら通用しないことを知っておくことは悪いことではない。