2020年11月3日 編集後記

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ウンベルト・エーコなどが早い時期から言っていたように、ネット時代・ネット社会になって文字情報と読み書き能力の重要度は増した。。。はずなのだが、最近のSNSの動向などを見る限りでは、ネットのおかげでリテラシーが向上した とは考えにくく、事態はむしろ逆方向に向かっている。せっかくの貴重な通信技術も、独善的な意見を声高に表明するエゴの肥大した輩や(あら、私もかしら?)、気に食わない意見を数の力で封じようとする全体主義的な動きの道具に堕してしまっていて、資源の浪費が甚だしい。衆愚、という言葉がこれほど似つかわしい世界や時代もなさそうだ。1カ月ぐらいネット断ちをして、本をじっくり読みたい、という気分にもなる。
春の外出制限が解除された今夏、書籍が意外な売上増を記録したことが話題になった。本を読む人が減った、とどこの国でも言われ続けて久しいが、絶滅危惧種と言われる読書人の最後の抵抗が続いているのだろうか。先月末からフランスで再導入されたロックダウンに際しても、書店を「非必須的」とみなして閉店させることに抗議し、営業許可を求める動きが活発になっている。飲食業店と異なり、マスクを外して近距離でおしゃべりするわけではないし、いくら外出制限で読書熱が高まっているとはいえ、店内が足の踏み場もないほど混雑するとも思われないから、本屋に行くささやかな楽しみぐらいは残しておいてもらいたいと考える人が多いのもわかる。
たしかに本屋というのは穏やかで温かい独特の雰囲気があるニッチ空間だ。良い本屋のある街は散歩しても楽しいことが多い。ロックダウンのせいで本屋が潰れるのは悲しい。
ただし、書店の棚に政治家やタレントやセレブの内容空疎な本がたくさん並んでいると、言っては悪いが失望感を禁じ得ない(紙の無駄では?)。数年後には誰も見向きもしないようなこうした本も、出版社が収入を確保して営業を継続する上で貴重なことは理解できるが、悪貨が良貨を駆逐して悪貨だらけになったなら、本屋を覗く意味もなくなりそうだ。筆者自身はいわゆる読書家ではないが、たまに読みたい本があり、同じ買うなら街場の本屋で、と考えて近所の書店に赴いても、よほど評判の新刊書ででもないかぎり、目当ての本がないことのほうが多い(10回に9回までそうだ)。 買う予定ではなかった本をつい買ったりして、少し後悔しつつ、憂鬱な気分で店を出るはめになる。実はFNACやGibert のような大手書店でも事情はさほど違わない。結局、探している本が見つかるのはたいていアマゾンで、である。パリですらそうなのだから、地方の状況は推して知るべし、だ。
パリ市のイダルゴ市長は2日、街場の書店を擁護するために、アマゾンで本を買うな、と明確に呼びかけたが、それなら それで書店も品揃えを少し工夫してもらいたいものだ(と、日本語でぼやいても、フランスの書店に声が届くはずもないが)。アマゾン以外では買えない書籍が多すぎるし、アマゾンなら注文の翌日に自宅に届き、電子書籍なら即座に入手できるのが実情である。これではアマゾンが一人勝ちしても文句は言えない。