2020年4月28日 編集後記

投稿日: カテゴリー: 編集後記

アジアと違って欧州では新型コロナウイルス対策のマスク着用の効用をめぐる議論があった。欧州でも医療関係者がマ スクを着用するのは当然と考えられているが、一般人が外出時にマスクを着用することは無意味だという意見が、フラ ンスなどでは根強くある。この2ヶ月ほどでマスクの有用性を支持する見解が優勢になってきたが、マスク着用に心理的 な抵抗感を覚えるフランス人は少なくないので、封鎖解除後に電車やバスの中でのマスク着用を義務付けても、どこま で遵守されるかいささか心もとない。すでに10年以上前から感染症の問題を論じている人類学者・哲学者のフレデリッ ク・ケック(日本語では2017年に発行の『流感世界: パンデミックは神話か?』など)がルモンド紙への寄稿で、「フラ ンスではマスク着用の義務化はほとんど革命的」とフランス社会におけるインパクトを説明している。マスクへの反発 の歴史的文脈は18世紀のフランス革命にまで遡るそうで、革命により公共空間の新たな概念が生まれ、近代的市民は公 の場では顔を隠さない、という大原則が成立したという。これは革命以前に貴族階級がサロンなのでマスク(といって も、こちらは仮面のことだが)を着用する風習があったことへの反動による。また第3共和制時代のフランス当局は、植 民地にした北アフリカで現地人の身分証明写真を撮影する際にスカーフで顔を覆うことを禁止した。さらに近年ではイ スラム教徒の女性がブルカやニカブで顔を隠すことに対して、宗教や男性の支配による女性への不当な抑圧だとの批判 があり、他者の前で顔を覆わずにいることが現代的な自由市民の証とみなされている。中国などアジア諸国でマスク着 用が感染症予防に関する科学的知見に基づく現代的な習慣であり、全体利益に配慮する市民としての義務と受け止めら れているとの逆に、フランスではマスク着用は、前近代的な悪習を想起させてしまう。そう言われると、なるほど、と も思うが、場合が場合なだけに、イデオロギー的・文化的な抵抗を乗り越えて全員が迷わずマスクを着用することを期 待したい。