2020年4月7日 編集後記

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朝起きると、欧州各国の新規死者数をネットで調べることが日課になってしまったが、先週末に80代の友人が新型コロ ナウイルス感染症で亡くなったとの知らせを受けて愕然とし、統計的な数値に現れる死との違いをあらためて思い知ら された。一緒に楽しく過ごした時間や会いそこねて今や永遠に失ってしまった機会の記憶が同時にどっと押し寄せてく る。感染症による死では近親者すら葬儀に立ち会うことが難しいというから、遺族にとっては二重三重に悲しい事態に 違いない。その一方で、フランスで同じく在宅勤務を強いられている友人から「おい、やっぱり自宅で仕事?元気にし ているかい?」とSMSが届いたり、東京の友人から「生きてますか?感染に注意してね」などとメールが来たりして、い けないことばかりして生きてきた自分のような人間すら気遣ってくれる奇特な人たちが世の中にはいるのだなあ、とし ばし性善説に傾きかけたりする。一人で家に閉じこもっていると、ふと世界観が揺らいだりしがちだが、私という存在 がこの世にある限り性善説は成立しない理屈だと基本原理を確認し直し、気を引き締める。しかしコロナ禍を運良く生 き延びた人々の前に立ち現れる世界が以前と一変しているだろうことは今やほぼ確実だ。そのような世界を一目見てお きたいという好奇心が今を生きる支えになりそうだ。