2020年2月4日 編集後記

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新型コロナウイルスによる肺炎感染の恐怖が強まる中で、フランスではアジア系の住民や旅行者に対する人種差別的な 言動が急速に目立ち始めた。これはフランスに限らないに違いないが、危機感が強まる状況では普段は抑制している差 別意識が噴出するというのはよくあることで、驚きはない。驚きはないが、普段は平等だの人権だのと立派なことを唱 えているフランス人にしても本音の部分では差別意識を根強く持っているということが再確認されたのは、ある意味で は悲しいし、別の意味では愉快だ。例えば、将来的にフランス人がまた性懲りもなく平等だの人権だのと立派なことを 唱えてアジア諸国を批判したら、それがいかに浅薄な理想に過ぎないか思い出させてあげるのが親切というものだろう。 上っ面の理想は、病気や死という深刻なリスクを前にしたときに脆くも崩れ去ってしまう。逆に人種差別をはじめとす る根深い差別意識こそが人間の本質であり、我々の脳にビルトインされた根源的な認知の構造かも知れず(我々は他者 に初めて対面する際に、無意識のうちに相手の「人種」などの相違点を把握して、それに対応した行動をとっているの ではないか?)、もしそうであるなら、その由来について根源まで遡って究明することが必要だろう。少なくとも、サ ルの行動を見る限り、無条件での平等だの人権だのは我々が群れをなす生物として受け継いだ基本的な要素ではなく、 極めて反自然的・反原初的な理念に過ぎない(ルソーさん、ごめんなさい)。西欧という限定的な地域・文明が生んだ 神話を、それが美しいというだけの理由で、いつまでも素朴に信じ続ける必要はなかろう。西欧人自身が平等や人権を 本気では信じてはいないことが露呈する瞬間を密かに楽しむことは、差別的扱いの被害者である非西欧人の特権かも知 れない。ゴホゴホ。