シラク元大統領が死去

ジャック・シラク元大統領が26日にパリで死去した。86才だった。
シラク氏は1932年にパリで生まれた。国立行政学院(ENA)を卒業、ドゴール大統領時代にポンピドゥー首相(1962-68年)の下で保守政界の若手として頭角を現した。下院議員や閣僚職を歴任後、1974年にはジスカール大統領の下で初めて首相に就任。1976年に首相職を辞任し、1977年にはパリ市長に当選し、1995年までパリ市長を務めた。1986年から1988年まで、ミッテラン大統領の下で初のコアビタシオン(保革共存政権)における首相となり、1988年の大統領選をミッテラン大統領と争ったが敗北。次の1995年の大統領選で初めて念願の当選を果たした。大統領職を2期に渡り12年間務め、2007年に政界を引退した。晩年は認知症を患い、2014年、パリのケブランリー美術館で行われたジャック・シラク財団の奨励賞授与式の際を最後に、公の場に姿を見せることはなかった。
マクロン大統領は26日夜、ロデズ市で年金改革に関する国民協議の会合に出席する予定だったが、これを急遽延期し、20時には国民向けのテレビ演説を行い、シラク元大統領の死を悼むコメントを発表。「フランスは、国民を愛し、国民に愛された大政治家を失った」と述べた。大統領府は、国民が追悼の念を書き込めるよう芳名帳を用意。今週末まで国民を大統領府に受け入れる予定。また、30日を服喪の日として、同日にはパリのサンシュルピス教会で式典を行う。シラク元大統領への弔辞は内外から多数、寄せられている。
フランス国民にとって、シラク大統領は、人々に身近な憎めない人物として広く認知されていた。ドロドロした政争を数十年に渡り繰り広げてきた人物としては異例の評価ともいえるが、当然ながら、政界を離れてからは、人気はさらに高まった。感情の起伏がある気分屋で、目先のことに熱くなるがすぐに忘れるというその性格は、フランス人気質の一面を代表しており、国民が大統領に自らを投影することが容易でもあっただろう。マクロン大統領が言う「国民に愛された」は正鵠を射ており、恐らくは国民に愛された最後の大統領だったのではないか。政治家としてシラク氏は、「社会の亀裂」を訴えて大統領に初当選を果たし、2002年には、国連での演説で「家が火事になっているのに我々はよそを見ている」と述べて、環境問題の重要性を強い言葉で力説するなど、確かに先見の明があった。ただ、社会の亀裂はその後も拡大する一方、環境問題も悪化するばかりで、問題を見つけていながら有効な手を打てなかった人物でもあった。