ポンペイ遺跡の運命の日は秋、落書きから判明

イタリアのポンペイ遺跡がベスビオ火山の噴火により埋没した時期について、従来の説の修正を迫る新たな材料が発見された。16日にボニソリ文化相が現地を訪問した際に発表された。
ベスビオ火山の噴火時期については、小プリニウスがタキトゥスに送った書簡を根拠に、紀元79年の「9月朔日より9日前」、つまり8月24日とされてきた。ただ、発掘調査からは、秋に収穫される果実などが発見されており、噴火時期は8月より遅く、秋だったのではないかとする説が近年は有力となっていた。今回発表されたのは、新たに発掘された建物の壁面に黒炭で書かれた落書きで、「XVI K NOV」と書かれていた。これは「11月朔日より16日前」、つまり10月17日を意味している。黒炭の痕跡は短期間で消えてしまうことから、この落書きは噴火の直前に書かれ、埋没したがゆえに今日まで残ったものと考えられる。噴火が8月24日に起こったなら、この日付での落書きが書かれ、残ったことはありえないことになる。
小プリニウスの書簡については、「10月24日」と書かれた碑文も発見されており、伝承の過程で誤りが混入し、今日までそれが定着したものと考えられる。なお、落書きでは日付に続いて、「in[d]ulsit pro masumis esurit[ioni]」と記されている。これは大食をしたという意味だと推定されている。1週間後に破滅が迫っているのを知らず、豊饒な秋の日の楽しいひとときの記憶を残したものだったのだろうか。