フランス・ギャルさんが死去

人気歌手のフランス・ギャルさんが7日、パリ近郊の病院で死去した。70才だった。
フランス・ギャルさんは1947年生まれ。シャンソン界の大物作詞作曲家だった父の下で早くから音楽の才能を発揮し、16才の時にデビュー。父親が作詞の「シャルルマーニュ大王」(1964年)が最初の大ヒット曲となった。「イエイエ」全盛の1965年、巨匠セルジュ・ゲンズブールから楽曲提供を受けた「夢見るシャンソン人形」でユーロビジョン・ソングコンテストにて優勝(ルクセンブルク代表として出場)、ゲンズブール提供曲はこのほかに問題作「アニーとボンボン」がヒットしている。アイドルとして一世を風靡した60年代を過ぎると人気に陰りが出たが、フレンチポップの鬼才で後に伴侶となるミシェル・ベルジェの全面的なバックアップを得て1974年以来に発表した楽曲の数々は再び、国民の幅広い層に支持を受けた。日本でのリリースは「誘惑のダンス(Viens je t’emmene)」(1978年)で途切れたが、フランスではむしろ、ミュージカル「スターマニア」(1979年)での活躍を含むこれ以降の活動がフランス・ギャルの主要な功績として認識されている。透明感と温かみを兼ね備えたボーカリストとしての稀有の才能は、奇才ミシェル・ベルジェの楽曲と切り離せない存在だった。
ミシェル・ベルジェの急死(1992年)を経て、1997年には歌手活動から退いていた。2015年に自らのヒット曲「レジスト(抵抗せよ)」をテーマにしたミュージカルをプロデュースしたのが最後の仕事となった。昨年12月末にがん再発のためパリ近郊の病院に入院していた。