仏大統領選挙:マクロン氏が圧勝、ルーブル宮殿で演説(23時30分過ぎに更新)

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5月7日20時の開票速報で、マクロン候補(「アン・マルシュ」)が大統領に当選したことが発表された。得票率はマクロン候補が65.9%、ルペン候補(FN)が34.1%で、マクロン候補は大差をつけて当選した。

ルペン候補はパリ東部のレストラン「シャレデュラック」で集会を開いていたが、落選が決まった直後の20時10分過ぎに演説し、マクロン氏を祝福して「フランスのために成功を祈る」と述べた。ルペン氏はその上で、来る総選挙を「愛国者対グローバリストの戦い」の新ラウンドと位置づけ、FNは大統領に対立する最大の野党勢力となると宣言して、選挙での躍進を目指す決意を表明した。

マクロン氏はパリ15区の選挙対策本部で21時過ぎに演説し、自らを支持した人々に感謝した上で、自らを支持しなかった人々も含めた「フランス国民全員」に向けて語りかけた。マクロン氏は演説の中で、フランス社会の分裂に言及し、選挙を通じて表現された有権者の怒りや不安に理解を示した上で、弱者を保護し、不平等を解消し、未来に対する楽観をもたらして、国民の統一の回復を図る強い意志を表明した。フランスの国益を保護することを約束し、愛国心を呼びかけた一方で、欧州統合と欧州諸国の国民との結束を擁護するとした。また、フランスは国内でも国際面でもテロリズムとの戦いで第一線に立つとした。マクロン氏はフランスの歴史の「新たなページ」が開こうとしていると宣言し、「信頼と希望の回復」に努めることを明言した。

その後、マクロン氏はルーブル宮殿(ルーブル美術館)のナポレオン広場で大掛かりな集会を開き、22時30分過ぎに、多数の支持者を前に演説した。選挙対策本部での演説は内容も荘重さを優先していたが、緊張もあってか表情も硬かったが、ルーブルでは、欧州連合の歌でもあるベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」が流れる中を登場し、当選後初めて公の場で朗らかな表情を見せた。
マクロン氏はまず自らの勝利を支持者に感謝し、既成の政党の枠外で市民の参加による新たな政治運動「アン・マルシュ」を組織して、1年で大統領に当選できたことは前例のない事態であり、これは「フランスの勝利」だと形容。自分には支持者からの信頼に答える責任があり、信頼を裏切らぬように全力を尽くすと約束した。
次に、自らの政策案に賛同しているわけではないが、決選投票で極右候補の当選を阻止し共和国を擁護するために、自らに投票した有権者も多いことに言及し、意見の食い違いを尊重しつつ、大統領として共和国の保護に尽力するとした。
またルペン候補に投票した有権者の怒りや不満も尊重するとした上で、こうした有権者が将来的にもはや極右を支持する必要を感じなくなるような国造りを目指すと宣言した。
マクロン氏はルーブル宮殿が担う歴史的・象徴的な意味合いを指摘しつつ、フランス国民のエネルギーを称揚、欧州と世界が見守る中で、フランスは啓蒙思想の精神を擁護しつつ、新たな人道主義を展開し、新たな希望を世界にもたらす必要があると呼びかけた。
マクロン氏は自らが目指す一連の重要な政治的課題を列挙したのちに、極めて大きな仕事が待ち構えており、それを実現するには、6週間後の総選挙でも変革に向けた多数派を確保する必要があると強調して、有権者に大統領選挙で発揮した大胆さを総選挙でも発揮するように呼びかけた。
マクロン氏はフランス社会を脅かす恐怖感や断絶、それにつけ込もうとする嘘の言説などに屈しない決意を表明し、国民の融和と保護に努める姿勢を繰り返し強調した。

エマニュエル・マクロン新大統領は39才。第5共和政では最年少だったジスカールデスタン大統領(在任期間1969-1974年)の48才を下回り、就任時で30代の若い大統領が誕生した。
左右によらずに「改革派」を糾合しようとするマクロン氏は、保守から分かれて中間層の糾合を狙い、大統領当選の道を開いたジスカールデスタン大統領と似たところがある。ただし、下院議員や市長などの議員職をこなしたジスカールデスタン氏とは異なり、マクロン氏は一切議員職を経験しておらず、選挙に出馬したのは今回の大統領選が初めて。
マクロン氏はアミアン市生まれ。パリの著名高校アンリIVを卒業したが、名門の高等師範学校(ENS)の入学試験には失敗している。その後、大学に籍を置く傍ら、シアンスポからENA(国立行政学院)というよくある出世コース(ちなみにオランド現大統領と同じ学歴)を進み、財務省の財政監査官(2004年)を経て、2008年には民間の投資銀行に入行、企業買収の顧問として実績を上げた。年上に気に入られるという「特殊能力」に定評があり、政治の世界に関わるようになったのは、財政監察官時代の上司だったジュイエ現大統領府長官の仲介で2006年にオランド大統領と出会ったのが始まりだった。2012年の大統領選挙ではオランド候補の選挙参謀として参加、オランド大統領の就任と共に大統領府顧問となり、次いで2014年8月には内閣改造に伴い経済相に抜擢され、一般にその名が知られるようになった。
マクロン氏は経済相として、規制緩和に軸足を置いた改革路線を推進。社会党内の左派勢力と衝突する場面も多かった。2016年に入ってからは、大統領選出馬の意欲を取り沙汰されることが増えたが、8月になって経済相を辞任。その後、政治運動「アン・マルシュ」(イニシャルが本人と同じE.N)を立ち上げ、いわば政界のスタートアップ企業のような格好で、大統領選への準備を進めてきた。早くからマクロン氏を担ぐことを決めた社会党の大物、ジェラール・コロン氏(リヨン市市長)をはじめとして、マクロン氏に合流を決めた人も多く、中道野党MODEMのバイルー党首の合流(2月)は、「左右の改革派を糾合する」というマクロン氏の主張の具体化を印象付ける転回点の一つとなった。政党の足場がないマクロン大統領だけに、6月の総選挙で多数派を確保できるのか、挑戦が続くことになる。
夫人のブリジットさん(2007年に結婚)はマクロン氏より25才年上で、アミアン時代の国語の先生だったのは、「年上キラー」の片りんをうかがわせる有名な話である。
(新大統領のプロフィールは弊社の日刊ニュースレターNMDの4月25日号に掲載された記事にもとづいています)

更新前の速報:

仏大統領選挙:マクロン氏が圧勝、国民全員に向けたメッセージを発信(21時20分過ぎに更新)
5月7日20時の開票速報で、マクロン候補(「アン・マルシュ」)が大統領に当選したことが発表された。得票率はマクロン候補が65.9%、ルペン候補(FN)が34.1%で、マクロン候補は大差をつけて当選した。
ルペン候補はパリ東部のレストラン「シャレデュラック」で集会を開いていたが、落選が決まった直後の20時10分過ぎに演説し、マクロン氏を祝福して「フランスのために成功を祈る」と述べた。ルペン氏はその上で、来る総選挙を「愛国者対グローバリストの戦い」の新ラウンドと位置づけ、FNは大統領に対立する最大の野党勢力となると宣言して、選挙での躍進を目指す決意を表明した。
マクロン氏はパリ15区の選挙対策本部で21時過ぎに演説し、自らを支持した人々に感謝した上で、自らを支持しなかった人々も含めた「フランス国民全員」に向けて語りかけた。マクロン氏は演説の中で、フランス社会の分裂に言及し、選挙を通じて表現された有権者の怒りや不安に理解を示した上で、弱者を保護し、不平等を解消し、未来に対する楽観をもたらして、国民の統一の回復を図る強い意志を表明した。フランスの国益を保護することを約束し、愛国心を呼びかけた一方で、欧州統合と欧州諸国の国民との結束を擁護するとした。また、フランスは国内でも国際面でもテロリズムとの戦いで第一線に立つとした。マクロン氏はフランスの歴史の「新たなページ」が開こうとしていると宣言し、「信頼と希望の回復」に努めることを明言した。

仏大統領選挙決選投票 マクロン候補が圧勝(フランス時間20時過ぎに更新)
5月7日20時の開票速報で、マクロン候補(「アン・マルシュ」)が大統領に当選したことが明らかになった。得票率はマクロン候補が65.9%、ルペン候補(FN)が34.1%で、マクロン候補は大差をつけて当選した。
ルペン候補はパリ東部のレストラン「シャレデュラック」で集会を開いていたが、落選が決まった直後の20時10分過ぎに演説し、マクロン氏を祝福して「フランスのために成功を祈る」と述べた。ルペン氏はさらに、来る総選挙を戦いの第2ラウンドと位置づけ、「愛国者とグローバリストの戦い」になると宣言して、選挙での躍進を目指す決意を表明した。
マクロン氏はパリ15区の選挙対策本部で当選後の演説を行った後、ルーブル宮殿(ルーブル美術館)のナポレオン広場で支持者を集めて集会を開き、そこでも演説する見通し。

仏大統領選挙決選投票 投票率は低目に(フランス時間17時過ぎに更新)
5月7日の仏大統領選挙決選投票の投票率は、内務省によると、17時の時点で65.30%に達した。これは第一回投票の17時の投票率(69.42%)や2012年の大統領選挙決選投票の17時の投票率(71.96%)を明確に下回っている。過去の大統領選挙決選投票では、投票率が80%程度に上るのが通例だったが、今回の選挙ではこれを下回る可能性がある。

仏大統領選挙決選投票 投票率は正午に28%超
5月7日の仏大統領選挙決選投票の投票率は正午の時点で28.23%と発表された(内務省)。これは第一回投票の28.54%とほぼ同水準だが、2012年の前回選挙の決選投票では正午に30.66%の投票率を記録しており、これを少し下回った。
マクロン候補(「アン・マルシュ」)はルトゥケパリプラージュ市、極右FNのマリーヌ・ルペン候補はエナンボーモン市で午前中に投票を済ませた。なお両市ともオードフランス地域圏パドカレー県にある。午後には両候補ともパリに移動する見通し。